希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

教師をどう支援するか(内田樹氏から学ぶ)

この冬休みに読み直した内田樹先生の『街場の教育論』(ミシマ社、2008)の紹介の最終回です。

その前に一言。


すばらしい! 
舞台版と同じ構成・選曲で、権力と民衆、愛と革命を高らかに歌う名作です。

以前ロンドン滞在中、僕は2度パレス劇場に足を運び、深く感動しました。
いまなお、30年近くもロングランを続ける世界的なミュージカルです。

そのミュジカルが、まさか映画化されるとは! 
必見ですよ。

さて、『街場の教育論』の最後の紹介は、「第1講」から、「教師たちをどう支援するか」(19-22ページ)です。

見事すぎて、僕からは何も付け加える必要はありません。
ひたすら引用します。

「私たちの国の教育に求められているのは『コストの削減』や『組織の硬直化』ではありません。現場の教員たちの教育的パフォーマンスを向上させ、オーバーアチーブを可能にすることです。それに必要なのは、現場の教師たちのために「常に創意に開かれた、働きやすい環境」を整備することに尽くされる、というのが私の意見です。」

「私が教師として現場にいた過去三十年に限って言えば、文科省の行政指導の中に『教師に自信を与え、勇気づけ、自尊感情をもたらす』ことを目的として立案された政策は一つもありませんでした。」

「教員たちが発明の才を発揮し、新しい教育方法を考案し、実験し、議論し、対話し、連帯することができる、そういった生成的な労働環境を作り出すこと。それが私たちに許された唯一可能な『教育改革』の方向だと私は思っています。」

「教育改革の主体は教師たちが担うしかない。人間は批判され、査定され、制約されることでそのパフォーマンスを向上するものではなく、支持され、勇気づけられ、自由を保障されることでオーバーアチーブを果たすものである。」

*なお、「オーバーアチーブ」については、182ページで次のように述べています(こちらでは「オーバー・アチーブ」と表記)。

「大きな仕事というのは人がもらっている給料分以上の仕事をしなければ決して達成できません。ひとりひとりが自分に期待されている仕事の何倍、何十倍ものオーバー・アチーブをしたときにだけ、集団的なブレークスルーは達成される。そして、オーバー・アチーブというのは絶対にトップ・ダウンでは実現できないものなんです。」

以上、まったく同感です。

安倍政権が誕生したいま、あらためて内田氏の主張の大切さを痛感し、その実現のために頑張ろうと思います。

そう決意した正月休みでした。