2014年2月に研究社から出版された寺沢拓敬さんの『「なんで英語やるの?」の戦後史』:《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程』(研究社)は、英語教育史研究の領域では近年まれに見る秀作です。
戦後の英語教育史に関しては、これまでなかなか「これ!」という本格的な研究書がありませんでした。
しかし、寺沢さんの本は、戦後英語教育史を知るなら「これ!」と言える画期的な仕事です。
縁あって私はその博論の段階から読むことができたのですが、製本された分厚い原稿をめくっていくとき、一種のときめきを覚えました。
目からウロコの連続だったからです。
自分自身の「思い込み」が次々に打ち破られていく快感。(とはいえ、ちょっと悔しかった・・・)
自分自身の「思い込み」が次々に打ち破られていく快感。(とはいえ、ちょっと悔しかった・・・)
1947(昭和22)年の新制中学校の発足段階では外国語(英語)は「選択科目」の位置づけだったのに、いつから、なぜ、「事実上の必修科目」になったのか、という根源的な謎解きが、まるで推理小説のように解明されていくのです。
そうして、副題にもあるように、日本人全員が学ぶ「《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程」に焦点を当てつつ、戦後の日本社会史の中での英語教育の歩みを丹念に跡づけています。
30歳を過ぎたばかりの人が書いたとは思えない、精緻にしてスケールの大きな本です。
狭義の「語学の専門家」だったら、おそらくこんな本は書けないのではないでしょうか。
無署名ですので編集部の人の書評なのでしょうが、コンパクトに内容を押さえています。
それを引用させていただき、私の怠慢の当座のお詫びとさせていただきます。
それを引用させていただき、私の怠慢の当座のお詫びとさせていただきます。
「中学校の学習指導要領で外国語が必修になるのは2002年のこと。ついこの前までは制度上は選択科目に過ぎなかった。戦後初期は名実ともに選択科目だった英語が「事実上の必修」となったのは1950年代から60年代にかけて。「3年間のうち一度は学ぶ」から「すべての生徒が3年間学ぶ」ようになった。背景には英語教師の運動による、高校入試への英語導入や、ベビーブームの影響(生徒増で増えた英語教師に、生徒数が落ち着いた後に余裕ができた)があるとみる。農村部にも目配りしつつデータを渉猟するとともに、50年代の加藤周一の必修反対論など英語教育をめぐる議論も追う。「英語が必修でない日本」もあり得たのか、と想像させる。(研究社・2940円)」(朝日新聞2014年3月23日朝刊)
なお、本書のカバーに写っている英語教師は祐本寿男先生。
中央大学教授などを歴任された先生で、1923年のお生まれですので90歳でしょうか。
実は4日後の3月27日に東京のご自宅でお目にかかることになっています。何年ぶりでしょう。
中央大学教授などを歴任された先生で、1923年のお生まれですので90歳でしょうか。
実は4日後の3月27日に東京のご自宅でお目にかかることになっています。何年ぶりでしょう。
それと、カバーをはずして表紙を見てください。
祐本先生の教え子さんの手記が出てきます。
「英語を止めるか、止めぬか・・・」
祐本先生の教え子さんの手記が出てきます。
「英語を止めるか、止めぬか・・・」
心憎い演出です。