希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

出来成訓編著『日本英学者人名事典』刊行!

本日1月11日は、日本英語教育史学会初代会長・出来成訓先生(でき・しげくに 1936-2017)の命日。

没後7年を経過したその命日に、先生の最後の著作である『日本英学者人名事典』(港の人、本体38,000円、江利川春雄・竹中龍範校閲)が刊行された。

見出しとして登場する英学者(英語学者・英米文学者・英語教育者・英文記者等)は520名、全1198ページの大著であり、これまでの英学者人名録とは比較にならないほど豊富な内容を誇る。

 

 

内容は(1)略年譜を基本とし、多くの英学者には(2)ジャンル別の著作略目録や(3)人物論的な「吹き寄せ」が付けられている。これらによって英学者の業績や人となりが立体的に明らかになる。

従来の英学者研究の水準を飛躍させる比類なき事典として、日本の英学史・英語教育史研究はもとより、英語学史、英米文学史、さらには教育史や文化史の研究にも大きく貢献することはまちがいない。

 

 

晩年の出来先生は、日本人の英語に貢献した英学者に関する伝記研究に没頭されていた。

そうした成果の集大成として本書を執筆し、原稿を2012年秋に版元の「港の人」に渡された。だが、先生は翌年6月に重い病に倒れられ、2017年1月に逝去された。

辞事典は原稿がそのまま刊行されるわけではない。綿密な校正と校閲による加筆修正が不可欠である。

だから著者を喪った時点で、刊行は困難かと思われた。

しかし、版元「港の人」の上野勇治社長は「出来先生の名前に恥じない良質の事典としたい」との出版人としての良心から、編集者の塩田敦士氏と共に刊行に向けた地道な努力を続けられた。

まさに茨の道だった。

出来先生は本書の執筆にあたり、『英語青年』の追悼記事や「片々録」をはじめとする文献資料に依拠したようである。

しかし、インターネットによる情報検索が格段に向上したことをふまえて、内容のさらなる充実と記述精度の向上を図る必要があった。

そのため、2017年からは校閲者として江利川春雄(和歌山大学教授)が、さらに2年後からは竹中龍範(元香川大学教授)も加わって、大幅な加筆・修正を進めた。

ただし、あくまで出来先生の意向を尊重し、構成の変更や人名項目の追加は行わなかった。

加筆・修正作業は、膨大な資料と照合しながら一字一句の記述を洗い直し、欠落を埋めるという、匍匐(ほふく)前進のような地道で困難なものだった。

3校も4校も真っ赤に修正された。そのため出版期日が遅延を重ね、原稿提出から刊行までに足かけ13年を要した。

学術研究の発展のために、「なんとしてでも出来先生のご遺志を結実させたい」との思いで困難な出版を敢行された「港の人」の上野社長に心から敬意を表したい。

完成した本書を出来先生にお届けできなかったことは残念かつ申し訳ない思いである。

しかし、出来先生の名前に恥じない充実した事典として刊行できたことを、泉下の先生は喜んでくださるだろう。

『日本英学者人名事典』は、日本の英学と英語教育に貢献した一人ひとりに対する出来先生の深い敬愛が込められており、学問的な情報源としてだけでなく、人間味あふれる「読んで面白い事典」となっている。

積極的な活用と愛読を願ってやまない。

 
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日本英語教育史学会の会員は2割引で購入できる特典があります。
会員であることを明記し、版元の「港の人」にご注文ください。
この機会に,あなたもご入会を!

 

シンポジウム「おかしすぎるぞ、いまの英語教育政策! わたしたちならこう変える」

小学校英語の教科化で英語嫌いが増加。

中学校英語の超難化で「英語がわからない」「嫌い」が増加。

高校英語も大学入試改革も迷走。

「グローバル人材」の上位層に特化した異常すぎる英語教育政策。

なぜ異常になったのか、どう変えていくか。

熱く語り合います。

 

関西新英研学分会新春コラボ研究会 

日時:2024年1月6日(土)15:00〜7日(日)14:30開始

形式:会場とzoomによるオンライン(会場参加は先着30名まで)

会場:倉敷物語館 多目的ホール岡山県倉敷美観地区内)

内容:

《フロア参加型シンポジウム 1月6日》

ミニ講演・対談:

大津 由紀雄 さん(慶應義塾大学名誉教授)

江利川 春雄 さん(和歌山大学名誉教授)

テーマ:おかしすぎるぞ、いまの英語教育政策!わたしたちならこう変える

 

1月7日

《小学校実践報告》

吉見 香奈子 さん(四国・小学校)「小学校外国語活動を支える地域の力」

《中学校実践報告》

岩﨑 しおり さん(広島・中学校)「初めて取り組んだ仮定法の導入」

《高校実践報告》

中川 エステル さん(島根・高校)

「”Can education promote establishing world peace?”:英語教育を通して真の平和を考える」

 

参加費(資料代):両日・1日のみ、会場・オンライン、いずれも一般1,000円、学生無料

申込:Peatixで受け付けています。下記URLからお申し込みください。

https://shin-collaboration2024.peatix.com

10月29日(日)の関西新英研学分会は自己表現のルーツとパラグラフライティング

 ◆関西新英研学分会(まなぶんかい)第6回研究会のご案内

 

日時:10月29日(日)15:00〜17:30

 

講演:惟任泰裕さん(大阪成蹊大学

演題:「自己表現」のルーツをたどる:長谷川清の英語と「自己表現」

 

高校実践:向井留衣さん(兵庫県立東灘高等学校

タイトル:パラグラフライティング はじめの第一歩:協働的な意見文ライティング活動

 

そのほか教材交換会/話題提供など

 

形式:クロスパル高槻(高槻市立総合市民交流センター)303会議室 (JR高槻駅南口すぐ)とZoomによるハイフレックス開催

*前回とは会場が異なり、JR高槻駅前です。

 

※申込はhttps://manabunkai6.peatix.comで受け付けます。詳細については追って関西新英研学分会のウェブサイトでお知らせします。「関西新英研学分会」で検索! 

 

参加費(資料代):1,000円、学生無料  *懇親会あり

 

連絡先:shineiken.kansai[@]gmail.com

前回2023年9月2日の研究会後の懇親会

 

関西新英研学分会 9月2日(土)

 ◆関西新英研学分会(まなぶんかい) 第5回研究会

日時:9月2日(土)15:00〜17:30

 

講演:加賀田哲也さん大阪教育大学

「人間教育としての英語教育」

ヒューマニスティック英語教育,児童英語教育,多文化共生のための英語教育などがご専門の加賀田さんと一緒に,英語教育を通して自他理解を深めることについて学び,考えてみませんか。

 

中学実践:髙田悠さん追手門学院中学校・高等学校

「『小学校700語問題』とシン・ICT(仮)」

 

形式:高槻市生涯学習センター第1会議室(高槻市桃園町2−1 JR高槻駅 阪急高槻市駅から徒歩8分)とZoomによるハイフレックス開催 

*会場が通常と異なりますので、ご注意ください。

 

 

参加費(資料代):1,000円、学生無料

 

連絡先:shineiken.kansai@gmail.com

 

会場までの地図

https://www.takatsuki-bsj.jp/syougaic/

 

お申し込みはPeatixで受け付けます。

https://manabunkai5.peatix.com

 

関西新英研学分会(まなぶんかい)

sites.google.com

予想された全国学テ「英語」の成績下落

文部科学省が7月31日に公表した2023年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を見て「予想通りの結果が出てしまった」と暗澹たる気持ちになった。

新課程で学んだ中学3年生の英語(聞く・読む・書く)の平均正答率は46.1%。

単純に比較できないが、4年前(旧課程)よりも10.4%低下した。

特に「話すこと」の正答率はわずか12.4%で、前回(参考値)よりも18.4%も低下。

「書くこと」の正答率も24.1%にとどまった。

明らかなのは、問題を作成した文科省側が学校現場の実情をリアルに把握せず、主観的な願望で作成したこと。悲惨なインパール作戦(1944)のようだ。

こんな正答率では学力状況を正確に測れないし、改善策も見えてこない。

もし私が入試にこんな問題を出したら、責任問題になるだろう。

「教師の指導が悪いから」とは決して言うべきではない。問題は別のところにある。

都道府県別ランキングも危険だ。

 

さらに深刻なのは、英語が「わからない」「きらい」な生徒が増えたことだ。

「英語の授業内容はよく分かりますか」への肯定的な回答は64.4%で、前回4年前よりも2%減少。

「英語の勉強は好きですか」への肯定的な回答は52.3%で、4%減った。

「将来、積極的に英語を使うような生活をしたり職業に就いたりしたい」は37.2%で5%も減少した。

これこそが、改革の失敗を如実に示している。

外国語への夢も希望も奪っているのだ。

 

こんな結果になることは予想されていた。

拙著『英語と日本人』(ちくま新書、2023)に書いたように、2021年度から実施された中学校学習指導要領では、語彙(英単語)が従来の1200語程度から1600〜1800語に増やされ、それに小学校での語彙600〜700語が加算された。そのため、2021年度から中学生が接する語彙は2200〜2500語にまで増加し、旧課程の約2倍になった。

高校で学習していた現在完了進行形や仮定法まで中学校に下ろされた。

ある英語教員は「授業ではやることが多すぎて時間が足りません。置き去りにしている生徒が気になりながらも、教科書を進めていかなければならないのが悩みです」と苦しさを訴えていた。

さらに文科省は「授業は英語で行うことを基本とする」という間違った方針を出した。

もしこれが正しいのなら、NHKの語学番組はなぜ日本語を多用しているのか。

日英比較などで英語に興味を持たせ、そのために日本語を有効に活用すべきなのに、蓄積した日本語を封印しろという。まるで植民地政策だ。

 

和歌山県国民教育研究所が県下の中学校英語教員を対象に実施したアンケート調査(2022年夏・回答者107人)では、新課程の教科書への評価(複数回答可)で最も多かったのが「内容が難しくなった」の70%で、逆に「内容が易しくなった」は0%だった。

次いで「盛りだくさんで、精選が必要」の64%、「授業しにくくなった」が36%で、「授業しやすくなった」は8%だけだった。

私は「ブラック企業のような無謀なノルマは教師も生徒も追い詰め、授業についていけない子や英語嫌いを大量に生みだすだけではないか。それでは子どもたちの英語力は逆に下がってしまう」(『英語と日本人』270ページ)と警告した。

それが現実のものとなってしまった。

文科省の政策が学校現場の実態と乖離しているのである。

共同通信の取材に対して、私は「文科省は学校現場にあれもこれも求めすぎている。言語活動を重視するなら単語を減らすなど、学習内容をスリム化すべきだ」などと述べた(本日8月1日の中日新聞ほか各紙に掲載)。

教員の志気を低下させ、子どもたちの苦手意識と英語嫌いを増やすような改革は「改悪」以外の何ものでもない。

学習指導要領の緊急の改訂が必要な事態だ。

少なくとも、次期学習指導要領では語彙や文法項目の精選による「求めすぎない」改訂が必要だ。

詰め込みすぎると英語嫌いを増やし、学力低下を招きかねない。現に、そうなっている。

当面の指導法としては、教科書を網羅的に教え込むのではなくポイントを絞り、なによりも生徒同士が助け合い学び合う協同学習を取り入れることで、主体的・自律的な学びを促すべきだろう。

増えすぎた語彙への対応としては、意味がわかる程度の受容語彙と、運用力まで求める発信語彙とを区別すべきで、それには教科書会社などの協力が不可欠だ。

この問題についての詳細は、拙稿「生徒と教員を苦しめる『グローバル人材』育成策」『わかやまの子どもと教育』第89号(2023年9月1日発行予定)を参照されたい。

 

 

 

 

 

 

 

待望の『市河三喜伝』(研究社)刊行

研究社の吉田尚志社長から、神山孝夫先生(大阪大学)の新著『市河三喜伝:英語に生きた男の出自、経歴、業績、人生』(研究社、14,300円)を恵贈いただきました。

誠にありがとうございました。

books.kenkyusha.co.jp

英語に関係する者にとって、市河三喜(1886-1970)は富士山のような存在です。

その市河に関する待望の評伝を出されましたことは、まさに快挙です。

日本英語教育史を学ぶ者として、これほど嬉しいことはありません。

実に丹念に資料に当たられ、副題にありますように「出自、経歴、業績、人生」をトータルに描かれた卓越したご研究に、深く敬意を捧げます。

それぞれの記述に出典を明示され、詳細な脚註を施し、それでいて実に読みやすい文章だと思いました。

ところどころでユーモアを感じますし、先へ先へと読み進んで行きます。

と同時に、面白くて「読み終えてしまうのがもったいない」という思いにも駆られます。

お子さんや奥様を亡くされるところの描写は、ほとんど文学であり、読んでいて目頭が熱くなりました。

私は市河三喜のお嬢様である野上美枝子さんにお目に掛かったことがあり、資料を頂いたこともありましたが、いつも笑みを絶やさない方なのに、これほど哀しい歴史を背負っておられたとは。

英学者の伝記としては、大村喜吉先生の名著『斎藤秀三郎伝』が1960年に出ており、毎日出版文化賞を受賞されていますが、神山先生の『市河三喜伝』はそれに匹敵するご業績ではないかと思います。

今年3月には平田諭治先生の『岡倉由三郎と近代日本:英語と向き合う知の軌跡』(風間書房、12,100円)も出されました。

日本英語教育史における二大巨星の評伝が出そろったことになります。

ぜひ両書を活用し、日本英語教育史を深め、混迷する日本の英語教育の展望を見出しましょう。

 

7月15日(土)日本英語教育史学会例会

7月15日(土)午後2時からオンラインで日本英語教育史学会第293回研究例会が開催されます。

私は柾木貴之先生の大著『国語教育と英語教育をつなぐ:「連携」の歴史,方法,実践』(東京大学出版会、2023年3月刊)をめぐる指定討論者となっています。

本書については;

www.utp.or.jp

事前の申し込みは;

http://hiset.jp/reikai_zoom.pdf

 

開催日時  2023年7月15日(土) 14:00~17:00 オンライン開催

 

司会  榎本剛士(大阪大学

 

14:00-   会長挨拶  田邉祐司(専修大学

 

14:05ー14:45 自著を語る:柾木貴之著『国語教育と英語教育をつなぐ:「連携」の歴史,方法,実践』東京大学出版会,2023 年3月):柾木貴之(北海学園大学

 

14:45ー15:15   討論・質疑応答:指定討論者:江利川春雄(和歌山大学名誉教授)

 

15:15-15:30  休憩

 

15:30ー16:10   ミニ・シンポジウム:「英語教育における『ローマ字』を考える ーー通時的・共時的な視点から」

話題提供者:河村和也(県立広島大学),久保野雅史(神奈川大学),拝田清(和洋女子大学),堀由紀(和洋女子大学大学院〔院生〕)

 

16:10-16:40  討論・質疑応答

 

16:40-   感想記入,事務連絡,副会長挨拶 馬本勉(県立広島大学

 

[概要] 自著を語る:柾木貴之著『国語教育と英語教育をつなぐ:「連携」の歴史,方法,実践』(東京大学出版,2023年1月): 柾木貴之(北海学園大学

 

本書の目的は「国語教育と英語教育の連携」に関する歴史を記述した上で、歴史上の提言と実践を根拠に目的と方法を提案し、それに基づいて行った実践について考察を行うことである。新学習指導要領において、「連携」は新しい発想に見えるが、本当にそうなのだろうか。歴史を振り返ることで、「連携」の議論は明治期から現代まで連綿となされてきたことを示す。その上で、これまでに行われた実践の成果と課題について検討したい。

 

[概要] ミニ・シンポジウム:「英語教育における『ローマ字』を考える ―通時的・共時的な視点から」

話題提供者:河村和也(県立広島大学教授),久保野雅史(神奈川大学教授),拝田清(和洋女子大学教授),堀由紀(和洋女子大学大学院〔院生〕)

 

本ミニ・シンポジウムでは,英語教育における「ローマ字」にまつわる諸問題を取り上げ,論点整理を行う。英語教員の中には国語科における「ローマ字」指導を英語学習の阻害要因とみなす者もいれば,「ローマ字」の知識が英語理解の助けになると考える教員もいる。そもそも,「ローマ字」とはラテン・アルファベットのことで,このラテン・アルファベットを用いて日本語を表記するのがいわゆる「ローマ字表記」であるのだが,この表記方法を単に「ローマ字」と呼ぶことも多く,このあたりも様々な混乱の要因となっているようである。話題提供者である拝田と堀は,「ローマ字」の歴史的変遷を概説する。拝田が歴史的な経緯を報告し,堀が現在の「ローマ字」の扱い方を国語教育との関係から報告する。河村はヘボン式訓令式の特徴について報告をし,久保野は英語教育学において「ローマ字表記」をどう位置付けるかについて話題提供をする。フロアからの活発な意見・提案を期待している。