希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

予想された全国学テ「英語」の成績下落

文部科学省が7月31日に公表した2023年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を見て「予想通りの結果が出てしまった」と暗澹たる気持ちになった。

新課程で学んだ中学3年生の英語(聞く・読む・書く)の平均正答率は46.1%。

単純に比較できないが、4年前(旧課程)よりも10.4%低下した。

特に「話すこと」の正答率はわずか12.4%で、前回(参考値)よりも18.4%も低下。

「書くこと」の正答率も24.1%にとどまった。

明らかなのは、問題を作成した文科省側が学校現場の実情をリアルに把握せず、主観的な願望で作成したこと。悲惨なインパール作戦(1944)のようだ。

こんな正答率では学力状況を正確に測れないし、改善策も見えてこない。

もし私が入試にこんな問題を出したら、責任問題になるだろう。

「教師の指導が悪いから」とは決して言うべきではない。問題は別のところにある。

都道府県別ランキングも危険だ。

 

さらに深刻なのは、英語が「わからない」「きらい」な生徒が増えたことだ。

「英語の授業内容はよく分かりますか」への肯定的な回答は64.4%で、前回4年前よりも2%減少。

「英語の勉強は好きですか」への肯定的な回答は52.3%で、4%減った。

「将来、積極的に英語を使うような生活をしたり職業に就いたりしたい」は37.2%で5%も減少した。

これこそが、改革の失敗を如実に示している。

外国語への夢も希望も奪っているのだ。

 

こんな結果になることは予想されていた。

拙著『英語と日本人』(ちくま新書、2023)に書いたように、2021年度から実施された中学校学習指導要領では、語彙(英単語)が従来の1200語程度から1600〜1800語に増やされ、それに小学校での語彙600〜700語が加算された。そのため、2021年度から中学生が接する語彙は2200〜2500語にまで増加し、旧課程の約2倍になった。

高校で学習していた現在完了進行形や仮定法まで中学校に下ろされた。

ある英語教員は「授業ではやることが多すぎて時間が足りません。置き去りにしている生徒が気になりながらも、教科書を進めていかなければならないのが悩みです」と苦しさを訴えていた。

さらに文科省は「授業は英語で行うことを基本とする」という間違った方針を出した。

もしこれが正しいのなら、NHKの語学番組はなぜ日本語を多用しているのか。

日英比較などで英語に興味を持たせ、そのために日本語を有効に活用すべきなのに、蓄積した日本語を封印しろという。まるで植民地政策だ。

 

和歌山県国民教育研究所が県下の中学校英語教員を対象に実施したアンケート調査(2022年夏・回答者107人)では、新課程の教科書への評価(複数回答可)で最も多かったのが「内容が難しくなった」の70%で、逆に「内容が易しくなった」は0%だった。

次いで「盛りだくさんで、精選が必要」の64%、「授業しにくくなった」が36%で、「授業しやすくなった」は8%だけだった。

私は「ブラック企業のような無謀なノルマは教師も生徒も追い詰め、授業についていけない子や英語嫌いを大量に生みだすだけではないか。それでは子どもたちの英語力は逆に下がってしまう」(『英語と日本人』270ページ)と警告した。

それが現実のものとなってしまった。

文科省の政策が学校現場の実態と乖離しているのである。

共同通信の取材に対して、私は「文科省は学校現場にあれもこれも求めすぎている。言語活動を重視するなら単語を減らすなど、学習内容をスリム化すべきだ」などと述べた(本日8月1日の中日新聞ほか各紙に掲載)。

教員の志気を低下させ、子どもたちの苦手意識と英語嫌いを増やすような改革は「改悪」以外の何ものでもない。

学習指導要領の緊急の改訂が必要な事態だ。

少なくとも、次期学習指導要領では語彙や文法項目の精選による「求めすぎない」改訂が必要だ。

詰め込みすぎると英語嫌いを増やし、学力低下を招きかねない。現に、そうなっている。

当面の指導法としては、教科書を網羅的に教え込むのではなくポイントを絞り、なによりも生徒同士が助け合い学び合う協同学習を取り入れることで、主体的・自律的な学びを促すべきだろう。

増えすぎた語彙への対応としては、意味がわかる程度の受容語彙と、運用力まで求める発信語彙とを区別すべきで、それには教科書会社などの協力が不可欠だ。

この問題についての詳細は、拙稿「生徒と教員を苦しめる『グローバル人材』育成策」『わかやまの子どもと教育』第89号(2023年9月1日発行予定)を参照されたい。