希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

3.13京大国際シンポ「大学における外国語教育の目的」予稿集(3)

3 月13 日(火)に京都大学人間・環境学研究科地下講義室で開催される国際シンポジウム「大学における外国語教育の目的」の予稿集の続きをお送りします。

江利川 春雄 (ERIKAWA Haruo)
和歌山大学教育学部教授。博士(教育学)。神戸英語教育学会会長,日本英語教育史学会副会長)

平和,民主主義,民族連帯のための英語教育を

本の学校教育の目的は,教育基本法(1947 年施行,2006 年改訂)で定められている。「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者」を育成するために行うのである。

この目的は,悲惨な侵略戦争の敗北を経て,教育が二度と戦争に加担しないという誓いに基づいて制定された。したがって,英語教育の終局目的も,世界の平和,民主主義,民族連帯に寄与するものでなければならない。

この崇高な理念は,EU の設立理念や『ヨーロッパ言語共通参照枠』の精神と共通する。

しかし,今日の日本の外国語教育政策は,多国籍企業の要求を反映して,英語が使えるエリート育成と,英語の運用力だけを求めるスキル主義を推し進めている。教育の目的(Aims)を忘れ,技能面での目標(Objectives)だけを追求しているのである。

こうした歪んだ政策を是正し,本来の英語教育の目的を追求するために,以下の課題を提起したい。

(1)高校まで英語以外の外国語をほとんど選択できないのは異常であり,日本人の世界認識を歪めている。複数言語を開講すべきである。英語を教える場合でも,それが世界の多様な言語や文化に興味を持たせるための入口の一つに過ぎないことを自覚し,教材内容を吟味すべきである。

(2)学校教育で「英語が使える日本人」を育成するという政府の方針は,誤った幻想である。日本人にとって英語は言語系統が大きく異なる上に,日常生活で必要としない。仕事で英語を必要とする日本人は10%以下にすぎない。

したがって,日本の学校の外国語教育が目指すべきことは,次の2つである。

(A) 将来外国語を使う必要に迫られたときに,自力で外国語を習得するための基礎的素養と学び方を教えること。

(B) 外国語学習を通じて母語(日本語)を再認識させ,豊かで批判的な思考力を高めることで,権力やメディアのウソにだまされず,歴史を主体的に作り上げる主権者を育てること。


ジャン=クロード・ベアコ(BEACCO Jean-Claude)
(新ソルボンヌ・パリ第三大学言語学・言語文化教育学教授、欧州評議会言語政策部プログラム
アドバイザー)

『ヨーロッパ言語共通参照枠』から『複言語・異文化間教育のためのリソースと参照のプラットフォーム』:複言語・異文化間教育のツール

『ヨーロッパ言語共通参照枠』(以下『参照枠』と略記)はあまりにもよく知られており、それゆえに誤解されている。これは,欧州評議会で作成された他の装置を「隠して」いる。この講演では、それらを紹介し、よくあるような不正確で月並みな話に終始してしまわないように努めたい。

『参照枠』は、言語教育・学習の「中心的・包括的理論モデル」を作るために作成された。これはとりわけ言語教育に共通の専門用語や,共通の能力記述文(これが能力を定義する)を使って,言語能力「レベル」を確定するための基準を提示することをめざしている。『参照枠』は複言語主義のツールであり、これによりモジュール型のプログラムを作ることができる。なぜなら、柔軟で多様な教育プログラムを実現することこそ、重要な最終目的だからである。

『参照枠』は言語教育業界で広く普及したものの、レベルの合格や、行動中心主義アプローチといった,もっとも狭く陳腐な使用形態を生み出し,複言語的観点はしばしば「忘れられている」。《A1》, 《A2》、《A3》といった用語が、伝統的にレベルを示す「初級」「中級」「上級」に相当するものとして使われている。

また、『参照枠』の役割は言語能力の証明書を公的なものとし、言語能力を証明するもので、その使用は「義務である」とも言われている。このような考え方はいずれも、『参照枠』の教育目的となんら関係がない。

『参照枠』の使用に際して期待されていることを元として、『国語と地域語に関する参照枠レベルの記述』、とりわけ、「フランス語に関する参照レベル」(『レベルB2』(2004), 『レベルA.1.1』 (2005), 『レベルA』 (2006), 『レベルA2』(2008), 『レベルB1』(2011), ディディエ、パリ)といった、「個別言語への対応ツール」が作り上げられた。

複言語・異文化間教育という観点は『参照枠』の核心にあり,これは『ヨーロッパ言語教育政策ガイド』(2007 年)によって「上から」発展していった。このガイドは外国語だけでなく、すべての教育言語と関連している。これは、『複言語・異文化間教育のためのリソースと参照のプラットフォーム』(いわゆる『プラットフォーム』)でさらに洗練されたものとなり,2009 年から欧州評議会のサイトに掲載されている。

『プラットフォーム』は『参照枠』を包括する。複言語教育の実施は既存の教育の整備を通じて行われるが,現行のカリキュラムを改善し,さまざまな言語教育の収斂する形式にいたるには、言語教育の使用者と決定者の抱く言語教育に関する社会的表象に対して根本から働きかけることが必要だ。
(原文はフランス語)

(つづく)