希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

3.13京大国際シンポ「大学における外国語教育の目的」予稿集(4)

3 月13 日(火)に京都大学人間・環境学研究科で開催される国際シンポジウム「大学における外国語教育の目的」の「予稿集」の続きをお送りします。訳文は「予稿集」のままです。

(ご注意!)シンポジウムの開始が早まりました。
9:00受付開始、9:30開会です。

また、懇親会の申し込み締切は本日7日です。
colloque.kyoto0313[at]gmail.com

18 : 30 懇親会 於:在京都フランス総領事館・関西日仏学館


ミシェル・カンドリエ(CANDELIER Michel)

InEdUM (教育におけるイノベーション.メーヌ大学), CREN (ナント教育研究センター)研究主任

ミシェル・カンドリエ氏は,メーヌ大学名誉教授,京都大学客員教授(2011 年11 月~2012 年4 月)で,複言語教育のプロセス(なかでも「言語への目覚め」)の立案,ならびにそれらを多様性に向けて開かれた言語教育政策の枠組みへ導入するため,数多くの研究に携わってきた。「多元的アプローチ」の概念を着想し,最近 「多元的アプローチのための言語,文化参照枠」の作成を目指し,ヨーロッパの2つのプログラムを連携させた。

『ヨーロッパ言語参照枠』から『多元的アプローチのための参照枠』へ:継承と凌駕

2001 年に「ヨーロッパ言語共通参照枠」が刊行されて以来,様々な声が立ち上がり(なかには作成者の一人の声もある (cf. Coste 2006 et 2007) ),実際,作成者らがプロジェクトの中核に属する要素と見なしていること(すなわち,いわゆる「複言語・複文化」能力の本質の関わる複言語的の視点)と,これらの概念が「ほとんど動員されていない」(Coste 2006, 43) という参照枠の実際の使用状況とのある種の不一致を指摘し嘆いている。が,(それを嘆きながら)警鐘を鳴らすために挙げられた。

こうした不一致の原因のひとつは「参照枠」内部の一貫性の欠如に起因するという考えを強調することもできよう。それは提示された目に見える道具(個別的に学習したそれぞれの言語に適用される能力レベル)が複言語的視点の必要性について主張した言説と矛盾しているのである。

いかにそれが便利であれ,我々がこれまでに関わってきたこの複言語的視点に固有の原理だけを発展させたところで (cf. Beacco & Byram 2007, Beacco et al. 2010) ,複言語主義に関して参照枠が進めてきた革新的なアイデアを具体的に実施するために必要なことを行うことはできない。言い換えれば,「上からの」 (cf. J.-C. Beacco, ici-même) 言説によってこれまでの実践を乗り越えるには,少なくとも「参照枠」の能力の一覧表と同じくらい明確な道具の配置を伴わなくてはならない (Beacco & Byram 2007, Beacco etal. 2010)。「参照枠」は,「横断的な複言語・複文化能力を身につける,あるいは強化」(CECR, 106) ,複言語,複文化・異文化間教育を進めるために,正確な能力記述文の形で,学習者が,知識,技能,実存能力に関して発達させることが望ましい事柄を示す。

同時に,参照枠を全く正当性なものにするために,Coste (2007, 9) が勧めるように「参照枠」の「再読」という間接的な方法で,「参照枠」のなかでおおよそであれ,各々の能力記述文に対応しているものを列挙することが必要だろう。

次に,(「下から」 ?)「隙間を埋める」試みとして,グラーツ欧州評議会)のヨーロッパ現代語センターで開発された「多元的アプローチのための参照枠」(http://carap.ecml.at/) を紹介したい.これらのアプローチがどういったものであるかを素早く定義し,とりわけ開発された道具(リストや基本的教材)を紹介し,その特異性と,評価以上に学習の構築に向けられた点を同時に強調したい。


1. 注目すべき例外 (Castellotti et al. 2004) を除いて,こうしたタスクはもはやポートフォリオに盛り込まれていないことを断っておく。


ジル・フォルロ (FORLOT Gilles)
ピカルディ大学 gilles.forlot@u-picardie.fr

『参照枠』における英語と『参照枠』にとっての英語:言語教育・学習の複合的で多元的な実践をめざして

『ヨーロッパ言語共通参照枠』における英語,『ヨーロッパ言語共通参照枠』にとっての英語:複層的で多元的な言語教育/学習の実践へ向けて

西洋社会においては,その経済発展の水準がいかなるものであれ,グローバリゼーションの出現と平行した言語への取り組みが数十年前から始まっている。すなわち,日常のコミュニケーションのレベルと同時に,教育現場でも言語習得において世界共通語としての英語 (Brutt-Griffler 2002) が出現している。

この発表では,英語教育・学習における,2001 年以降ヨーロッパで周知のものとなった『ヨーロッパ言語共通参照枠』の役割について,また言語・文化の多様性を拓くための,英語の機能に関する教育学的,社会言語学的考察を提案する。

われわれの目的は,英語を国際語という道具主義的な利点のためだけでなく,他の言語学習への入り口として役立たせることを可能とする(Forlot 2009) 多元的アプローチ (Candelier 2007) の枠組みでも学習することが可能である,またそうすべきであることを示すことにある。これらのステップは学校現場でも取り入れ可能な新機軸として,参照枠の底流にある哲学とも共存可能なもので,英語の拡大の最中にいるこの言語の使用者たち (Kachru 1992) にとって,英語がもはや圧迫的,侵略的,そして覇権的な言語 (Cassen 2005) としてではなく,リソースの言語としての正当性をもつための手段となることを明らかにする。

(つづく)