希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

「高校生・大学入試にTOEFLを」の愚(4)

教育再生実行本部の「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」(4月8日)に盛り込まれた英語教育政策の危険性について、この間ずっと意見を表明してきました。

おかげで、このゴールデンウィークの予定もすっかり変わり、上京して東京方面の仲間と反論のための相談をすることになっています。

今後の私の学会関係の発表・講演などでも、この問題を問いかけて参ります。

せっかく進み始めた35人学級すら凍結しておいて、上から教育課程を無視した難解な試験を課せば英語力が向上するなどと本気で考えているのでしょうか。

と、言いだしたら切りがないのですが、私の意見は今回はやめにします。

さて、4月14日の本ブログでも紹介した鳥飼玖美子さん(立教大学特任教授)の新著『戦後史の中の英語と私』(みすず書房、本体2800円)を今日も読み直していました。

ご自分の体験に即しながら、英語教育の本質にかかわる優れた見解が随所に書かれて、本当に素晴らしい本です。

私が言いたかったことを、盟友である鳥飼さんは見事な言葉で述べておられますので、以下に引用させていただきます。(なお、ブログのため、改行を増やしております。)

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昨今の大学英語教育はおしなべて到達目標を明確にし、成果を数値で表すことを求められている。
具体的には、TOEICやTOEFLという英語力判定の試験を目標に設定し、そのスコアで教育成果を表示しようということになる。

これにはいくつか問題がある。
ひとつは、成果を追求するあまり、試験そのものが目的化し大学英語教育を著しく歪めていること。
本来は、学習成果を測定し参考にするために受験するべき試験であるのに、スコアを上げるための英語教育となってしまっているのは本末転倒である。

しかも、というのが第二の問題点であるが、TOEFLは北米の大学・大学院に留学するための英語力を判断することが目的の試験であり、日本の大学で学ぶ英語を念頭には置いていない。

TOEICはビジネスに使う英語力を測定するのが目的で日本のビジネス英語団体が米国のテスト機関に作成を委託しているテストである。

大学英語教育の目的は、ビジネスだけではない。将来の進路が未定である中で、最初は教養教育の一環として一般的な目的の英語(English for General Purposes)または学習に必要な英語(English for Academic Purposes)を教え、次にそれぞれの学生の専門分野で活用するために専門に特化した英語(English for Specific Purposes)を教育するのが大学英語教育の使命である。
ビジネス英語主体の試験では測定できない部分が当然ある。

第三の問題として、英語コミュニケーション能力を技能の試験だけで測定しようというのは乱暴である。
コミュニケーション能力とは多層的な能力であるので、TOEICなどの試験はあくまで参考にしかならない。金科玉条のごとく専心するほどのものではない。

より根本的な問題としては、教育効果を目に見える形で測定しようということ自体に無理がある。

もちろん、教えたことが定着しているかどうかを見るテストはなされて当然であるが、英語検定試験は教えた成果を見るのではなく、一般的な英語力を測定しようという標準試験である。いわば一つの指標に過ぎない。

英語教育の場合、これをこう教えたら、ほら、このように話せるようになりました、結果が出ました、という風になったらどんなに肋かるかと思うが、そうならないのが英語運用力であり、教育というものなのではないか。

学習者それぞれが固有のハビトゥスを有しており、学習には多様な要因が複雑に絡まっている。
一人の学習者に効果的であったことをもって一般化することはできない。

それよりも何よりも、教育には時間がかかるのだ。
教えた、あるいは教えられたその時には何ら変化が認められなくても、じわじわと効いてくることがある。
それも10年20年という単位で効果が現れるのだ。

(鳥飼玖美子『戦後史の中の英語と私』182~183ページ)

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鳥飼さんの英語教育論は、年々鋭さと深さを増しているように思います。

なぜでしょうか?

その秘密は、本書『戦後史の中の英語と私』をお読みになればわかります。

鳥飼さんの生きてきた軌跡そのものから来ているのです。

大学2年生で同時通訳、テレビやラジオの出演を経て、3人の子どもを育てながら44歳で米国コロンビア大学で英語教授法を専攻し修士号を取得、大学での激務を続けながら58歳で英国サウサンプトン大学博士課程に入学、61歳で博士号取得、今もNHK「ニュースで英会話」という画期的な語学番組を担当。

そうした、ひたむきな生き方、思索の過程が、それぞれの時代の社会背景を交え、生き生きと活写されています。

そうした中に、上で引用したような珠玉の英語教育論が散りばめられているのです。

元気と勇気をもらえる本です。