希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

「大学入試にTOEFL」の歴史

何度か述べてきたように、「大学入試にTOEFL」は、グローバル企業の要求として財界関係者が基本方針を策定に関与し、政府与党に政策の実現を迫る形で推進しようとしてきました。

しかし、こうした動きは今に始まったことではありません。

では、こうした財界の英語教育要求は、いつごろから、どのような目的と内容で進められてきたのでしょうか。

TOEFLなどの外部検定試験にかかわる点を中心に、簡単に歴史を振り返ってみましょう。

結論的には、「入試にTOEFL」などの要求は、超国家企業による教育のグローバル化要求の一環であると同時に、教育の市場化・自由競争化、平等の破壊と格差によるエリート育成をめざす新自由主義教育政策が浸透する流れと軌を一にしてきました。

新自由主義による教育改革の本格的な開始を告げたのは、1984年に中曽根内閣の下で発足した臨時教育審議会(臨教審)です。

臨教審は、1986年の第二次答申で、中・高の英語教育が「文法知識の習得と読解力の養成に重点が置かれ過ぎている」と断罪し、「広くコミュニケーションを図るための国際通用語習得の側面に重点を置く」という方向を打ち出しました。

それを受けて、1990年代からの会話中心の「コミュニケーション重視」の学習指導要領が出されました。

こうした政策の一環として、第二次答申では「大学入試において、TOEFLなどの第三者機関による検定試験の結果の利用も考慮する」という方針を盛り込みました。

これが、今日の「大学入試にTOEFL」の直接の出発点です。

時代は世界史的な激動期でした。
1991年にはソビエト連邦が崩壊し、東西冷戦体制が終わりました。

こうして、アメリカ主導のグローバル経済化が一気に進み、日本企業も海外進出と多国籍化を早めていきます。
財界は、それに対応した人材育成を教育政策に強く求めていきます。

1997年には日本経営者団体連盟が「グローバル社会に貢献する人材の育成を」を発表し、「今後はヒアリングやスピーキングといった、相手と直接コミュニケートすることに重点をシフトしていくべきである」として、全従業員にTOEICTOEFL受験の義務化、採用時の英語力重視などを主張しました。

この段階では外部試験の対象が「全従業員に」ですから、今から思えば、まだ緩いものです。

2000年3月には、経済団体連合会「グローバル時代の人材育成について」を発表し、英会話重視、小学校英語教育、少人数習熟度別学級、教員採用試験へのTOEICTOEFL等の活用、英語教員への研修、センター試験でリスニングテスト実施など、その後の英語教育政策に大きな影響を与える政策提言を行いました。

この経団連の方針を具体化したのが、文部科学省「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」(2002)と同「行動計画」(2003~07)です。

「戦略構想」の大きな特徴は、生徒と教員に英語力の到達水準を外部検定試験で初めて設定し、数値目標管理を導入したことです。

中学卒業者の平均目標が英検3級程度、高校卒業者の平均が英検準2級~2級程度で、英語教員には英検準一級、TOEFL(PBT)550点、TOEIC 730点程度以上という指標を提示しました。

また、ここでも高校入試および大学入試に「外部検定試験の活用を促進する」と明言しています。

「戦略構想」を継承すべく、文科省は「英語教育改革総合プラン」(2009~13年度)を打ち出しましたが、折しも民主党政権の誕生による事業仕分けで、事実上、廃止されてしまいました。

2011年6月には、文部科学省の「外国語能力の向上に関する検討会」(吉田研作座長)による「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」が出され、これを基礎にその後の英語教育政策が進められました。

ここでも、外部検定試験の活用が次のように示されています。

① 入学志願者の外国語コミュニケーション能力を適切に評価する観点から、AO入試・一般入試等におけるTOEFLTOEIC等の外部検定試験の活用を促す。

② 国や教育委員会は教員に外部試験の受験を促し、英検準1級、TOEFL (iBT) 80点、TOEIC 730点以上を取得させ、その達成状況を把握・公表する。

ここでは、TOEFLTOEIC の前に来ています。「戦略構想」時代とは逆です。

ただし、大学入試改革については、「学習指導要領に準拠して4技能を総合的に問うタイプの入試問題の開発・実施を促す」としています。

上智大学の吉田研作氏が座長を務めるなど、英語教育の専門家が入った検討会ですから、さすがにこの段階では、入試をTOEFLなどの外部試験に丸投げする方針ではありませんでした。

2012年6月には、民主党政権の「グローバル人材育成推進会議」が審議のまとめ「グローバル人材育成戦略」を発表しました。主な内容は以下の通りです。

① 外部検定試験を活用した英語・コミュニケーション能力(理解力・表現力等)の到達度の把握・検証。
② 高校の生徒のTOEFLの成績や英検の実績等の公表を促進する。
③ 英語担当教員の採用の段階で、TOEFLTOEICの成績等を考慮することや外国人教員を採用することを促進する。
④ 高校の新学習指導要領の趣旨を踏まえて、4技能をバランス良く問うタイプの入試への転換を大学関係者・高校関係者等で共同開発し、その普及・活用を促進する。
⑤ 一般入試においてTOEFLTOEICの成績等をどのように評価・換算するかの標準的方法の開発・普及を推進する。
⑥ 大学の学生のTOEFLTOEICの成績等の公表、特色あるカリキュラム(英語による授業、留学の義務化等)や授業方法(少人数教育、教員構成等)等を促進する。

こちらは政府関係者が作った政策なので、まさにTOEFLなどの外部検定試験のオンパレードです。

ちなみに、「グローバル人材育成推進会議」が審議のまとめと同じ日(2012.6.4)に、平野文部科学大臣が「社会の期待に応える教育改革の推進」を発表しています。

その「大学入試改革」を見ると、「クリティカルシンキングの重視」と並んで、「TOEFL等の活用促進」が盛り込まれています。

「英語力・グローバル力の向上」でも、「国際化拠点大学(40大学)を指定し、卒業時の到達水準(TOEFL○○点等)を設定」とあります。
これは、今度の自民党の「提言」とそっくりです。

こうしてみると、民主党政権でも、英語教育政策に関しては、今日の自民党と同じ政策スタンスであることがわかります。

以上のような臨教審以来の流れの中で、今回は経済同友会の強い後押しを受けて、自民党から「大学入試にTOEFL等」という政策が出されてきたわけです。

キーワードは、グローバル化、格差と競争の新自由主義、英語エリート育成でしょう。
背景にあるのは、超国家企業の教育要求です。

その意味で、戦後民主主義教育が築き上げてきた「国民教育」が危機に瀕しています。

私は日本の学校教育をグローバル化、格差と競争の新自由主義、英語エリート育成に委ねてはならないと思っています。

子どもたちを決して幸せにしないからです。

TPPや憲法改正が多くの日本人を決して幸せにしないように。