希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

難題山積の小学校外国語活動 ―増える英語ぎらい、疲弊する教師たち(上)

小学校教師のポッピーママさんから「ゲストブック」に4回連続書き込みがありました。
北海道で行われた文部科学省関係者の小学校外国語活動に関する講演を聴かれ、それに対する疑問を7点にわたって指摘しておられます。

コメントをお返ししようと思ったのですが、字数制限がきついので、この場で私の意見を書きます。
とは言っても、以下は求められて大阪府教職員互助組合の季刊互助だより「希燦時」(きさんじ)Vol.9(2011年夏号)に寄稿したものに加筆しています。

同「互助だより」の前号には小学校外国語活動を推進する立場の論考が載ったので、バランスを取るために批判的な立場からの寄稿を依頼されたものです。
その点をあらかじめお断りしておきます。


         難題山積の小学校外国語活動

      ――増える英語ぎらい、疲弊する教師たち――

                    江利川 春雄(和歌山大学教育学部教授)

小学校での外国語(英語)活動は、2002年度から「総合的な学習の時間」に導入され、今年4月から小学校5・6年生に必修化された。
 
教育学部で英語教員の養成に携わる私は、早くから計画の無謀性を指摘してきた。
その主な理由は、①危機に陥っている中学校英語教育への重点投資が先決、②教員の養成と研修が不十分、③教材等の予算措置が貧弱、④音声中心のコース設計の欠陥、の4点だ。

そして必修化を迎え、恐れていたことが現実になってしまった。まるで原発事故のように。

この問題は子どもたちの将来にかかわる。「楽しそうに英語に触れていた」といった印象批評で論じるのはやめよう。事実とデータに基づいて、冷静に議論することが必要だ。
その際に、教員や学習環境にバラツキが大きいため、なるべく全国的ないし一定地域を包括したデータで論じることが望ましい。

それらをふまえて、問題点を列挙してみたい。

1. 増える英語ぎらい

ベネッセ教育開発センター「第1回 中学校英語に関する基本調査(生徒調査)」(2009)によれば、「中学校に入学する前、英語は好きでしたか」という問いに対して「嫌い/どちらかといえば嫌い」が43%に達している。

さらに、「中学校に入学する前、中学校で英語を学ぶことが楽しみでしたか」に対しては、「(あまり/まったく)楽しみでなかった」が53%に達し、「(とても/まあ)楽しみだった」の42%を大きく上回っている。

かつては、「中学校で英語を習うことが楽しみ」とする回答は7~8割に達していた。小学校段階での外国語活動が英語ぎらいを増やしていることは否めないようだ。

とりわけ低学年から英語活動を熱心に進めてきた小学校で、英語嫌いが増えている。
東京都目黒区では大半の子どもが1年生から英語の授業を受けてきた。だが、アンケート調査によれば、小学校で受けた英語授業について「楽しくなかった」との回答は52%と過半数を超えた。

楽しくなかった理由は「意味も分からず発音していた」「生徒が盛り上がらず先生だけハイテンションだった」などだ。また「(中学で)あまり役に立っていない」という回答は42%で最も多く、「全く役に立っていない」の23%と合わせると、否定的な回答が64%にも達した(『毎日新聞』2009年2月22日)。

こうした傾向は、小学校英語の研究指定校制度が始まった当初から指摘されていた。
大阪市立真田山小学校の調査(1995年)では、英語が「好き」と答えた児童は1年生で74%だったが、学年が進むにつれて減り続け、6年生では35%にまで落ち込んだのである(『公立小学校における国際理解・英語学習』1996)。

英語ゲームなどはすぐに飽きる。高学年ともなれば知的好奇心が高まり、文字や背景文化などにも興味をもつ。
しかし、小学校学習指導要領は外国語活動の内容をもっぱら「聞く」「話す」といった音声面に限定し、読み書きや文法指導を否定している。
だからといって、韓国のようにCD-ROM付きの英語教科書を児童全員に配布するわけでもない。

日常生活で英会話を必要としない日本の言語環境では、理屈(文法)もわからずに会話表現を繰り返すだけで英語力が身につくという主張には学問的根拠がない。
「試合さえしていれば野球が上達する」と放言する無責任コーチに等しい。

しかも、外国語活動は週1回だけ。子どもたちが「意味も分からず発音していた」と醒めてしまうのも当然だ。

英語がペラペラの帰国子女でも、小学生では3カ月から半年ほどで英語をほとんど話せなくなる。小学校からやれば英語が話せるようになるというのは親の幻想。
その幻想に乗って政策を立ててはならない。

2. 中学校で伸び悩む

日本児童英語教育学会関西支部の調査報告(『英語教育』2008年10月増刊号)で、深刻な事態が浮き彫りになった。

小学校時代に英語を教科として長時間学習した子どもと、あまり学ばなかった子どもの中学3年間の英語力の伸びを比べると、リスニング、会話、読解、「英語学習やコミュニケーションに対する態度」のすべての領域で、小学校で英語を長時間学習した子どもの方がスコアを下げている。

つまり、小学校で英語をたくさん勉強した子どもの多くが、伸びきったゴムのように、中学校に入ると伸びなくなったのである。

小学校段階で英語への興味が薄れ、中学校の授業に新鮮味を感じられなくなったことが主な原因だと考えられる。
また検定教科書の使用義務があるため、小学校時代にたっぷり英語をやった子どもの知的好奇心に答えるだけの教材に乏しいともいえる。

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(つづく)