希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

平和,民主主義,民族連帯のための英語教育を(3)

3月13日に京都大学で開催された,国際研究集会2012「大学における外国語教育の目的:『ヨーロッパ言語共通参照枠』から考える」で私が発表した「平和,民主主義,民族連帯のための英語教育を」の第3回です。

キーワードの第2は「平等」です。

日本の子どもたちは,外国語教育においてきわめて不平等な扱いを受けています。
特に過去十年ほどの間に猛威をふるった新自由主義的な政策によって,裕福な家庭の子どもほど英語の成績がよく,貧しい家庭の子どもは成績が悪いというように,親の経済力と子どもの学力とが正比例する格差構造が強まりました。
特に中下位層の英語の成績が著しく下落しています。

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日本政府の教育への公的支出(奨学金を含む)はGDP比3.3%で、OECD加盟の32カ国中で最下位です。
そのため,私費による教育費の負担が重荷となり,親の年収が多くないと大学に進学できず,より高度な外国語教育を受けられないという格差構造が拡大しています。

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それにもかかわらず,日本の文部科学省は,英語を得意とする生徒だけを伸ばす政策をとっています。

その典型が,経済界の意向を反映して実施した「『英語が使える』日本人の育成のための行動計画」(2003~07)であり,その改訂版として2011年に文科省の検討会が発表した「国際共通語としての英語力向上のための五つの提言と具体的施策」です。

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これらに示された政府と財界の英語教育の目的は,グローバル企業のための英語が使えるエリートの育成と,そのための英語スキルの向上という利益目的の貧しい内容です。

そこには,外国語教育が目的として掲げるべき平和,民主主義,諸民族の連帯といった理念はまったくありません。

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「五つの提言」が掲げている方針は次のような内容です。
今後の英語教育の政策や目的に大きな影響を与えると思いますので,少し詳しく検討してみましょう。

(1)まず「5つの提言」は、中学卒業時に英検の3級,高校卒業時に準2級以上の取得を目標に掲げ,各学校に「学習到達目標を『CAN-DOリスト』の形で設定・公表する」と述べています。

この「CAN-DOリスト」というのは,おそらく『ヨーロッパ言語共通参照枠』から取ってきたものでしょう。

しかし,欧州評議会の外国語政策とは異なり,日本では英語のスキルという狭い目的のために「CAN-DOリスト」を利用しようとしています。

大阪の教育基本条例案が示しているように,現在の日本では,こうしたCAN-DOリストや数値による目標設定は,教員・学校への管理統制や成績競争に利用される危険性が高いと思います。
したがって私は,日本の現状では,安易に「CAN-DOリスト」を作ることに反対します。

将来,中国,韓国,台湾などの周辺諸国との間で,EUのような「東アジア連合」が形成できたならば,そのときには外国語の到達目標を示す「CAN-DOリスト」が必要になるでしょう。
ただし,その場合には中国語や韓国・朝鮮語が重要になるでしょうが。

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(2)英語教員に英検準1級,TOEFL(iBT)80点,TOEIC730点以上を取得させ,「その達成状況を把握・公表する」と述べています。

TOEICはビジネス英語の試験です。TOEFLは北米留学のための試験です。
こうした目的の違う検定試験で,どうして英語教員の能力が測れるのでしょうか。

(3)英語教員に集中研修を課し,「日本人若手英語教員米国派遣事業」も推進する。
ただし,この教員派遣事業の目的は「日米同盟の深化・発展のため」と明記されていますから,日米両政府は親米派教員の育成を目論でいるようです。

(4)「優秀な外国人や,海外で実務経験を積んだり,海外の大学を卒業したりするなどして高度な英語力を持つ日本人」,つまり外国語教育の素人を教師として雇い入れると述べています。

英語のスキルが高いだけで教員が勤まるほど,日本の学校は甘くはありません。
やれるものなら,やってみてください。

(5)英語教育の拠点校を250校ほど作り,そこに優秀な教員と資金を集中投資する。
こうして,現在以上に学校間の格差を拡大するわけです。

(6)学習動機を高めるための方策として例示されているのは,「英語を使って仕事をしている場面を見せる」,「国際的なディベート大会などに出場する」,「英語で行われている大学の授業を受講する」など成績上位層向けのものだけです。
英語を苦手とする生徒への指導方針は全くないのです。

1クラスの上限が40人という先進国ではおよそ考えられないような大規模なクラスサイズを削減したり,英語教員の90%以上が過労死線上の超過勤務を強いられているという劣悪な労働条件を整備することにもまったく言及していません。

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このように,現在の日本の外国語教育政策の目的は,外国語を学ぶ機会を「平等」に保障するのではなく,仕事で英語を必要とする10%足らずのエリートだけに英語力をつけさせるということです。

そのための予算も教員も増やさず,到達目標の数字だけを示して教員と生徒を追い立てるというのが日本の現状です。
私は,外国から来られた人たちの前で,このような日本政府の恥ずかしい外国語教育政策をお伝えしなければならないことを,日本人として深く恥じております。


フィンランドなどの北欧諸国は平等と協同を基調とする教育政策で,国民全体の学力水準を高めることに成功しました。
私は,日本人の外国語能力を高めるカギも,平等と協同の教育政策にあると思います。

私自身は,英語が得意な人も苦手な人も共に伸ばす協同学習(Cooperative learning)による授業改革を進め,自分の授業のみならず,各地の学校で成果を上げています。

すべての子どもたちに外国語の学力を保障する,という目標を掲げることは特に大切なことだと思います。
低学力のまま放置したならば、低賃金の非正規雇用や失業状態に追い込まれ、アメリカがそうであるように、やがては子どもたちが戦場に送り込まれかねないからです。

(つづく)