希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

復刻版『語学教育』第6〜10巻刊行

日本の外国語教育改革をリードしてきた語学教育研究所(語研)の機関誌『語学教育』(1942―1972年刊)の復刻版第2回配本5冊(第6巻〜10巻:1960〜72年)が刊行されました。

これで本体全10巻の刊行が終わり、総目次・解題・索引を含む別巻(江利川春雄・河村和也執筆)は2023年春に刊行予定です。

復刻版『語学教育』第6〜10巻

語学教育研究所の前身は1923(大正12)年に文部省内に設立された英語教授研究所で、ハロルド・E・パーマー所長を中心に、音声を重視したオーラル・メソッドの普及活動、各種の調査研究、英語教科書・教授法書の刊行、毎年の英語教授研究大会の開催などによって日本の英語教育界に巨大な足跡を残してきました。

英語教授研究所の機関誌The Bulletin of the Institute for Research in English Teaching(第179号まで名著普及会が1985年に復刻)は、研究所の語学教育研究所への改組に伴い、1942(昭和17)年2月発行の第180号より『語学教育』に改題されました。

復刻版(全10巻)は、『語学教育』の初号である第180号(1942年)から終刊の301号(1972年)までの30年間に刊行された、合併号を含む全122号・114冊・約4,600ページです。

『語学教育』は、アジア・太平洋戦争期に始まり、敗戦・占領下の学校教育改革期を経て高度経済成長期へと続く、語学教育の激動の足跡を証言する第一級の基本文献です。

たとえば、戦時下での陸海軍の学校における外国語教育や「大東亜共栄圏」の諸言語に関する希有な論考、戦後の新制中学・高校での外国語教育のあり方や教材の扱い方、大衆化する大学での英文科の改革問題や教師教育の課題など、貴重な論考の宝庫です。

また、必修語彙の選定や英語科教育課程の検討などの調査研究も有益です。

寄稿者は、市河三喜福原麟太郎、土居光知、櫻井役、青木常雄、山本忠雄、石橋幸太郎、星山三郎、飯野至誠、五十嵐新次郎、寺西武夫、皆川三郎、外山滋比古など、日本の語学教育界を代表する錚々たる人々で、質の高い論考を提供しています。

しかし、その学術的な価値の高さにもかかわらず、1945年春の大空襲による研究所の焼失や敗戦直後の混乱もあり、『語学教育』は散逸がはなはだしく、国立国会図書館を含め全冊揃える図書館等は存在しません。

そのため、長らく復刻が待たれていました。このたび語学教育研究所理事会の了承を得て、完全復刻にこぎ着けることができました。ついに幻の雑誌の全貌が明らかになるのです。

奇しくも2023年は語学教育研究所の創設100周年です。語学教育が混迷を深めるいま、未来の展望を切り拓くために、先人たちの過去の知的営為から謙虚に学びましょう。積極的な活用を願ってやみません。 (監修者・江利川 春雄)

 

第2回配本 全5巻(2022年12月刊行)

【第6巻】 語学教育 第244号~第254号(1960年2月~1961年12月)

【第7巻】 語学教育 第255号~第266号(1962年2月~1963年12月)

【第8巻】 語学教育 第267号~第277号(1964年2月~1966年10月)

【第9巻】 語学教育 第278号~第289号(1967年2月~1969年夏)

【第10巻】 語学教育 第290号~第301号(1970年1月~1972年12月)

 

内容紹介・カタログ↓

www.yumani.co.jp

 

 

新著『英語と日本人:挫折と希望の200年』(ちくま新書)

新著『英語と日本人:挫折と希望の200年』(ちくま新書)が12月7日に校了し、表紙デザインが届きました。発売は1月7日の予定です。

今年9月に出した姉妹編『英語教育論争史』(講談社選書メチエ)との連続執筆でキツかったですが、知的スリルに満ちた楽しい時間でした。

「英語ができない」という挫折感。「英語ができるようになりたい」という希望。両者を錯綜させ、日本人は涙ぐましいほどの国民的エネルギーを英語に注いできました。

そろそろ立ち止まって英語と日本人の関係を問い直し、これからどうすればよいのかを考えるべきではないでしょうか。英語に振り回されるのではなく、英語との正しい付き合い方を冷静に考える時期にきていると思います。

そのために、幕末の英語学び始めから現在までの英語と日本人の約200年の関係史をたどり、挫折と希望、成功と失敗の足跡を検証することで、未来への展望を見出したい。そんな思いで、本書を執筆しました。

叙述にあたっては、過去と現在を自由に行き来して歴史と対話し、歴史的および今日的な視点から積極的に論評を加えました。また、夏目漱石や田中菊雄などの人物像や様々なエピソードを交えて、現代の視点から通史的に描きました。

特に近年の官邸主導の英語教育改革については、私自身が論争の当事者だったこともあり、歯に衣着せぬ批判を加えました。より良い英語教育を願うからです。

目次は以下の通りです。

 

第1章 「半文明人」から脱却せよ

第2章 日本人にふさわしい英語学習法を求めて

第3章 英語縮廃論と戦争の逆風にめげず

第4章 だれもが英語を学べる時代に

第5章 グローバル化とAI時代の英語

 

先人たちの声に耳を傾け、英語教育の最前線を知ることで、日本人にふさわしい学習法を理解し、これからの英語と日本人のあるべき姿を考えていきませんか。

 

www.amazon.co.jp

 

12月10日(土)大津由紀雄氏が関西新英研学分会で講演

12月10日(土)午後3時より、大津由紀雄関西大学客員教授が関西新英研学分会(まなぶんかい)で講演されます。

タイトルは母語の獲得と外国語の学習」

大津氏の専門分野である認知科学(第言語獲得・統語解析・言語教育)の視点から、大いに語っていただきます。

ことばの教育について討議し、学び合いましょう。

ユーモアに溢れた大津節は必聴!笑いと知的興奮を呼び起こすこと間違いなし。

講演後は江利川春雄・和歌山大学名誉教授との対談。

会場の四天王寺大学あべのハルカスサテライトはすでに満杯ですが、ぜひZoomでご参加ください。

sites.google.com

12 月 17 日(土)日本 CLIL 教育学会 中国支部第1回支部大会

私も「明治以降の英語教育史から見た CLILと題して講演します。

ぜひお越しください。

 

日本 CLIL 教育学会 中国支部第1回支部大会
日時 12 17 日(土)13:0017:20
場所 叡啓大学(広島県広島市中区幟町1-5)
(ハイブリッド形式:対面+オンライン(Zoom)


シンポジウム 「日本における CLIL の過去、現在、そして未来へ」
江利川春雄,二五義博,上杉裕子,笹島茂
研究発表 牛津理美、丸山真純、早瀬沙織
参加費 無料
参加者は、Google form にて、対面とオンラインを明記の上、参加登録を事前にしてください。なお、対面
参加者に関しては当日も受付ます。ZOOM リンクは参加登録者に連絡します
申込はこちらから:https://forms.gle/tNwWSXxx4TuGuSd3A
詳細情報 https://www.j-clil.com/schedule
問合せ 二五義博 ynigo@y-gakugei.ac.jp
<プログラム>
場所:叡啓大学 730-0016 広島県広島市中区幟町1-5 15 Eikei Top
12:30 受付
13001310 開会(二五先生)


13101400 基調講演
江利川春雄(和歌山大学名誉教授)
「明治以降の英語教育史から見た CLIL


14001410 休憩
14101510 シンポジウム
「日本における CLIL の過去、現在、そして未来へ」
司会進行 笹島茂(CLIL-ite)
二五義博(山口学芸大学 CLIL の過去」
上杉裕子(叡啓大学) CLIL の現在」
笹島茂(CLIL 教員研修研究所) CLIL の未来」
15:1016:00 討論(参加者を含めて)
16001610 休憩


16101630 研究発表 1
牛津理美(COR 学習アトリエ)
生徒と学んだ CLILフィンランドセミナーを終えて
16301650 研究発表 2
丸山真純(長崎大学
「トランスランゲージングとリンガフランカとしての英語論」
16501710 研究発表 3
早瀬沙織(中村学園大学
「食をテーマにした CLIL の可能性(仮)」
17101720 閉会(上杉)
1800 忘年会(広島市内) 申し込み締め切り:12 12
上杉まで uesugi-y@eikei.ac.jp

https://www.j-clil.com/_files/ugd/d705d2_386e4f9478ac49609b9fa5458294be46.pdf

『英語教育論争史』(講談社選書メチエ)を刊行

新著『英語教育論争史』(講談社選書メチエ・本体1850円)が、9月12日に発売されます。
明治の小学校英語教育論争から平成の英語帝国主義論争まで、100年以上に及ぶ6つの「真剣勝負」を通史的に書きました。
未来の英語教育を論じるには、過去の論争を踏まえるべきではないか。
そんな思いから執筆しました。
講談社からの執筆依頼は2015年でしたが、7年も待たせてしまって申し訳ありません。)
 

英語教育論争史については、膨大な資料を集めた川澄哲夫編『資料 日本英学史2 英語教育論争史』(大修館書店、1978)や、鳥飼玖美子著『英語教育論争から考える』(みすず書房、2014)をはじめ、優れた研究があります。
なのに、このたび新たに書き下ろした理由は、第一に、小学校英語の教科化やオーラル・コミュニケーション重視策などの英語教育政策を見るにつけ、明治以来の論争で何度も批判されてきた問題点から少しも学んでいないからです。
これでは、同じ失敗を繰り返すことになるのではないでしょうか。

第二に、本書は新資料を豊富に交えながら、1880年代から100年以上に及ぶ主要な英語教育論争を通史的・包括的に扱いました。

これまでの定説を書き換える新たな知見や、再評価・再解釈を迫る諸問題も盛り込んでいます。たとえば、以下のことです。

(1)近年の小学校英語教育をめぐる論点が、すでに明治中期には出つくしていたこと。

(2)大正期(1910年代)に始まったとされる中等学校英語科縮廃論が、すでに明治中期(1890年)に開始されていたこと。

(3)英語科廃止論の代表格とされた藤村作をはじめ、様々な論者の主張が先人の二番煎じに過ぎなかったこと。

(4)1974の「平泉試案」よりも1978年の「平泉新提案」のほうが、後の英語教育政策の方向を提示していたこと。

(5)1990年代に本格化した言語帝国主義論が、日本では1930年代から主張されていたこと。

などなどです。

論争は、論文などを通じての人間と人間のぶつかり合いです。

それぞれの理論だけでなく、しばしば感情や人間性がむき出しになします。

そのため、本書では論争を彩った代表的な人々に登場してもらい、その人物像を描くことにしました。

戦前における英語教育の最高指導者で東京高等師範学校(戦後は東京教育大学、廃学後は筑波大学)英語科主任教授の岡倉由三郎、その弟子の福原麟太郎、英語教師でもあった夏目漱石エスペラントの導入を唱えた国家主義思想家の北一輝、英語科廃止論を唱えた東京帝国大学国文科教授の藤村作、戦後英語教育の義務化を疑問視した評論家の加藤周一、1970年代に大論争を起こした平泉渉渡部昇一、英語帝国主義論争を展開した中村敬と筑紫哲也松本道弘などです。

英語教育論争を読み解くと、日本人と英語との関係の根っ子の部分が見えてきます。
何より、今後の英語教育のあり方を考える上でたくさんのヒントが得られます。
ご批正をいただければ幸いです。
 
 

大津由紀雄著『ワイド新版 英語学習 7つの誤解』刊行

待望の大津由紀雄著『ワイド新版 英語学習 7つの誤解』(ひつじ書房、1760円)を大津さんからいただきました。

多くのみなさんに読んでもらいたい名著が増補され復活したのです。

www.hituzi.co.jp

英語教育・英語学習に真面目に取り組んだ人なら「当たり前」であることが、ねじ曲げられ、「誤解」となって流布しています。

そうした誤解をわかりやすく、説得的に解いていくことが、本書の初版刊行時(2007)と同様に、あるいはそれ以上に重要になっています。

「達人たちの」と言われると赤面しますが、「英語学習法」のコーナーに僕のコメントも入れて下さり、それ以上に、同等の分量を割いて大津さんがコメントして下さったことがとても嬉しいです。

それぞれの人へのコメントが深く、かつ温かいのが大津さんらしい。

表紙がとてもいいです。

7つの誤解を解くと7色の虹に変わる。

チャックの封印を開くと、希望の虹が躍り出てきます。

ことばの学びはとても楽しく、希望に満ちたものになるのです。

本書は英語の学び方の宝庫です。

ぜひお読み下さい。

f:id:Gibsonerich:20220409103129j:plain

 

 

刀祢館正明著『英語が出来ません』は面白いです

朝日新聞記者(元編集委員)の刀祢館正明さんが、新著『英語が出来ません』(KADOKAWA、1,870円)を出されました。

刀祢館さんからは何度も取材を受け、本書でも取り上げられているご縁でお贈りいただきました。

実に面白い本です。

読み始めたら止まらないくらい、グイグイ引きつけられます。

文章がとても読みやすい。

しかもジャーナリストならではの視点から、日本の英語教育が抱える問題点、日本人と英語との格闘、そして英語に翻弄され続ける哀しい姿が描かれています。

日本人と英語の係わりの本質的な問題を考えさせられます。

「大学入試にTOEFLを」をめぐっての、教育再生本部長だった自民党遠藤利明衆議院議員と僕との朝日新聞紙上での論争(2013年5月1日)も全文収録され、問題点が浮き彫りにされています(34-47ページ)。

例の「大学入試に英語民間試験導入」問題はここから始まったのです。

あの記事の直前に、僕は鳥飼玖美子さん、大津由紀雄さん、斎藤兆史さんと「4人組」を結成し、大学入学共通テストへの民間試験導入に反対する取り組みを始めたのでした。

コロナ前は毎年、各地で講演・シンポジウムを開催し、4冊のブックレットを出版。

『史上最悪の英語政策』(2017)を出され、今回の刀祢館さんの本の推薦文を書かれている阿部公彦さん(東大)も合流してくださり、民間試験導入問題の危険性が徐々に浸透していきました。

すったもんだのあげく、結局2019年11月に萩生田文科大臣は導入「延期」を表明、そして2021年に「中止」に追い込まれました。

「大学入試にTOEFLを」などと言いだした遠藤さんたち政治家は、どう責任を取るのでしょうか。

責任を文科省に押し付けて、政治家はだれも責任を取りません。

だから素人政治家が専門知を要する教育政策に首を突っ込んではダメなのです。

などということを、刀祢館さんの本を読みながら考えました。

読みやすく、しかも鋭く問題点をえぐり出している『英語が出来ません』を広くお勧めします。

f:id:Gibsonerich:20220202232830j:plain