鳥飼玖美子さんから最新刊『通訳者たちの見た戦後史:月面着陸から大学入試まで』(新潮文庫)を頂きました。
素晴らしい本ですので、心からお勧めします。
この本は、『戦後史の中の英語と私』(みすず書房、2013)を改訂増補し、文庫化したもの。
『戦後史の中の英語と私』は、数多い鳥飼さんのご本の中でも僕がもっとも好きな本のひとつでした。鳥飼さんの自伝的要素が強く、中勘助の『銀の匙』のような随想風・回想風の書き方などが実に面白いからです。
幼い頃の英語との出合いや、國弘正雄氏ら同時通訳者たちとの関わり、英語講座での活躍や学者への転身などの足跡が、戦後日本社会のなかに位置づけられています。
鳥飼さんが直面されたいくつもの「偶然」が実は「必然」であったことが、謎解きのようにわかっていきます。
今度の文庫版では、阿部公彦さんの「解説」もお見事です。
2013年以降を扱った最終章への加筆(352ページ以降)も素晴らしく良くまとまっています。
旧版が出た2013年は第二次安倍内閣と教育再生実行会議が始動した年。
そして、大学英語入試にTOEFL導入・民営化などを掲げたその政策に対抗して、私たち「4人グループ」(鳥飼玖美子・大津由紀雄・斎藤兆史・江利川春雄)が結成された年でした。
今回の増補部分には、その後の8年間の英語教育政策の混迷と、その間の鳥飼さんや英語教育関係者らの獅子奮迅の活動が、コンパクトな分量のなかにギュッと凝縮されています。
けっきょく、鳥飼さんや私たちが主張したとおり、大学英語入試の民営化には構造的な問題が含まれており、2019年11月に事実上破綻したのでした。
それらを総括した上での、鳥飼さんの最後の締めの言葉が特に秀逸です。
「このような事態を是正し、より良い未来につなげるためには、一人ひとりが批判的思考力に基づいて判断し声を上げるしかない。これは次世代に対する私たちの責任である。」(365ページ)
鳥飼さんの凜とした生き方を凝縮した言葉だと思います。
このような素晴らしい本が、見事な改訂増補を経て、文庫本として新たな読者に広がることは、日本の英語教育と戦後日本社会の問い直しにとって大きな意義があると思います。
ぜひお読みください。