希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

7.11慶應シンポ 英文解釈法の歴史的意義と現代的課題(8)

英文解釈法の歴史的意義と現代的課題(8)

これまでの議論をふまえ、英文解釈法の歴史的意義を総括し、その上で現代的な課題について述べてみましょう。

5. 英文解釈法の歴史的意義

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1. 日常生活で英語を必要としない日本人の英語力の骨格を形成し、日本の近代化に貢献。
 英文解釈法なしには、日本人の正確な読解力は養えず、海外のすぐれた文物の翻訳・移入はできませんでした。もちろん、ドイツ語などの他の言語学習にも応用されました。
 夏目漱石上田敏芥川龍之介島崎藤村などがいずれも英語教師であったことからも明らかなように、英文解釈や英文和訳による西洋文学の摂取は、近代日本語と文体の確立に大きく貢献しました。

2. 日本語と英語との隔絶した言語的距離を埋めるべく苦闘した先人たちの汗の結晶。
 学校文法、言語材料統制による易から難の教科書、学習英和辞典など、わかりやすくて使いやすい、世界トップレベルのEFL英語教材に結実しました。

3. 英文解釈法の概念・力点は時代・ニーズとともに変遷。
 英文和訳、直訳と意訳、英英パラフレーズ、短文精読、長文速読、大意把握、直読直解など、英文解釈法の内部にさまざまなバリエーションが生まれました。それらの異なる側面が、各時代やニーズに応じて前面に出たわけです。

4. 歴史の試練を経た多様な英文解釈法こそ、日本人にふさわしい英語学習法の宝庫。
 ですから、上記のようなさまざまな側面を使い分けられる力量こそが大切です。
 岡倉由三郎が述べているように、初期の段階では英文和訳などを使って正確に(分析的に)英文を理解できる力が重要です。その上で、「習練」を積みながら徐々に「直読直解」(自動化)に近づくことが必要です。
 ただし、日本の学校教育の実情では、「易しい英文を大量に読ませれば和訳はいらない」というのは幻想です。そんな時間や条件(Graded Readersの整備など)は中学・高校にはまず無いのですから。

以上を踏まえて、最後に現代的課題について5点述べてみましょう。

6. 英文解釈法の現代的課題

(1)英文解釈法が古代の漢文訓読法にルーツを持ち、明治の先人たちによってEFL環境の日本にふさわしい学習法として体系化された「日本の英学の歴史が生んだもっとも独創的な業績の一つ」であることを再認識し、誇りを持って活用する。

(2)英文解釈法には英文和訳から直読直解までの多様な段階があることを再確認し、指導に当たっては、①英語がBICS程度かCALP程度か、②短文精読か長文速読か、③学習者の熟達度はどうか、などによって使い分ける。

(3)英文和訳には、母語の再認識、言語への関心の喚起、日本語力と思考力の鍛錬などの面で積極的な意義があることを確認し、新高校指導要領での「授業は英語で行う」の誤りを批判かつ無視し、「指導要領解説」でこっそり軌道修正した「日本語を交えて授業を行うことも考えられる」を楯に、自分の信念と生徒の実情に応じた指導を行う。

(4)ESL的なオーラル偏重路線の修正と、高校での英文法、リーディング、ライティングの復活を文部科学省に要求する。

(5)英文和訳中心の授業は、教師にとって気楽で麻薬のように抜け出せなくなる危険性があることを自覚し、音読、多読、協同学習や自己表現活動を含む多様な指導法を交えて授業を工夫することで、学習者に深い学びを保障し、自立学習者へと育てる。

次回は最終回で、主要参考文献と「お宝 英文解釈書」を紹介します。

(つづく)