希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

7.11慶應シンポ 英文解釈法の歴史的意義と現代的課題(3)

英文解釈法の歴史的意義と現代的課題(その3)

7月11日に慶應義塾大学三田キャンパスで開催される言語教育シンポジウム「英文解釈法再考:日本人にふさわしい英語学習法を考える」のレジュメの改訂増補版(その3)です。

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2-3. 受験英語と英文解釈

 日本で初めて「英文解釈」と銘打った本は、私が知る限り、1903(明治36)年1月に発行された梅澤壽郎著『英文解釈法』です。

各例題は、原文→全章の大意(日本語)→各節の意義→解釈文からなり、面白いことに「解釈文」は平易な英語へのパラフレーズです。英語のタイトルがHow To Paraphraseとなっているのもうなずけます。

 しかし、こうした「英文=英文」解釈はほとんど普及せず、約半年後の1903(明治36)年6月に出た南日恒太郎の『難問分類英文詳解』や、その改訂版である『英文解釈法』(1905;図1)の方が人気を博しました。
これらは文法(品詞)別で、熟語や慣用句などの解説を付け、最終目標は英文和訳でした。

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 難解な英文を解釈して日本語に訳すための参考書としては、すでに明治20年前後から、たとえば斎藤平治著『難文難句英語詳解』(1890:明治23年4月発行)などが出ていました(図2)。

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これらは入試問題に対応したもので、すでに1883(明治16)年の東京師範学校中学師範科(東京教育大・筑波大の前身)の入試では、英文の「直訳並に意訳を作るべし」という問題が出されていました(図3)。

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 この他、たとえば慶應義塾大学部の和文英訳の入試問題(1890:明治23年)でも、「問題の側らに数字を以て直訳の順序を記し別に邦語を以て之を意訳すべし。」と出題されています。

 日本語らしい「意訳」だけでなく、文構造の理解をみる「直訳」(逐語訳)が同時に課されている点が注目されます。

 このころの入試問題は、数行程度の短い英文を全訳するもので、難解な構文やイディオムなどを盛り込んだ「難文難句」がよく出されました。
これに対して、坪内逍遙は1891(明治24)年に次のように批判しています(『早稲田文学』第1号)。

或官立学校の入学試験問題に於ける英文翻訳を見る毎に、吾人は不審無き能はず、彼れは奇句奇語のみを連ねて、英語学の力を検すれば也、げにやIdiomを解せざるものは、国語を解せざるものなるべし、然れども、idiomを解せざるもの、未だ必ずしも英文に通ぜざるものにあらず、(中略)異やうなる字面を試題中に加へて、以て学力を検せんとするに至りては、吾人其の本意を訝り疑ふ。

 こうして、日本における英文解釈法は、明治中期(ほぼ1890年代)ごろから、主として入試英文の難文難句への対応の必要から、構文、文法、熟語、慣用句、単語などを正確に把握し、英文を適切な日本語に訳すための技術として発達していきました。

こうして英文解釈はしばしば英文和訳と同義に使われるようになったのです。
南日恒太郎も『英文解釈法』(1905)に次いで、1914(大正3)年には『英文和訳法』を刊行します。

 南日、山貞のあとには、より平易な小野圭次郎の「小野圭」シリーズが人気を博しました。彼の英文解釈書の副題は「考へ方と訳し方」となっています。

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 しかし、本来の英文解釈法とは、英文の意味内容を正しく理解する方法であり、和訳を伴わない直読直解なども含まれます。
 これらの優れた試みとしては、村田祐治の『英文直読直解法』(1915)や、浦口文治の『グループ メソッド』(1927)などがあります。
 英文解釈法が単なる英文和訳法ではないことは、これらの書物が示しています。

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こうした英文解釈法のダイナミズムについては、岡倉由三郎の英文解釈論を中心に、次回述べましょう。

(つづく)