希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

7.11慶應シンポ 英文解釈法の歴史的意義と現代的課題(7)

英文解釈法の歴史的意義と現代的課題(7)

4. 英文解釈法の現代的課題

いまなぜ、英文解釈法を再考する必要があるのでしょうか。

一言で言えば、会話偏重の「コミュニケーション重視」路線が、子どもたちの深刻な英語力低下を招いている可能性が高いからです。

現在、日本の子どもたちの英語学力は危機的な状況にあります。
拙著『英語教育のポリティクス』(2009)でも紹介したように、英会話重視の学習指導要領が中学校で全面実施された直後の1995年度から2005年度まで、高校入学時の英語学力は11年連続、偏差値換算で7も低下しています(斉田智里(2006)「平成版学習指導要領―外国語編―教育効果の一検証」『教育心理学年報』第45集、日本教育心理学会)。

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上の図は2002年度までですが、斉田智里先生によれば、中学校の英語が週3時間に減らされた「新学習指導要領下で中学3年間の英語教育をすべて受けた生徒が高校に入学した2005年度の低下が大きい」とのことです。

ベネッセの2006年の調査によると、英語が「嫌い」と答えた中学生は30.5%にも達し、9教科中で最悪です。
しかも、学年が上がるにつれて勉強が「分からない」と答えている生徒が多いのも英語だけで、その率も最高です。
習うより慣れろ式の会話中心主義では、英語が「分からない」生徒が増えるのも当然です。

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とりわけ、英文を書く力の衰退が深刻です。
和歌山県学力診断テスト(英語科)2004~2008年度の平均正解率を見ると、「聞くこと」などに比べて「書くこと」のスコアは以上に低く、中3では平均正解率がわずか12%となっています。
大半が白紙の状態と言っていいでしょう。

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英文法を軽視しているために、文の仕組みが分からず、英文を構成できないのです。
これでは、仮にリスニングの力があったとしても、いったい何をコミュニケートできるのでしょうか。

英語力低下は高校でも深刻です。
大学入試センターにおられた吉村宰先生らの研究「大学入試センター試験既出問題を利用した共通受験者計画による英語学力の経年変化の調査」(『日本テスト学会誌』第1巻第1号、2005)によれば、センター試験受験者の英語学力は1997(平成9)年度に急落し、偏差値換算で一挙に10低下したと分析されています。

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この1997年は、オーラル重視の新しい学習指導要領(1994年施行)のもとで学習した高校生が、センター試験を受験した最初の年です。

高校生の英語力低下は、教科書を分析してみれば一目瞭然です。
一言でいれば、語彙が貧弱で反復が少なく定着が困難なのです。
(私たちの共同研究『アジアの子どもは英語をどう学んでいるか : 英語教科書の比較から』2009参照)

中学用New Horizonを例にとると、全3巻の累計総語数(延べ語数)は、発展学習課題を加えても7,364語です。
これは、明治期を代表するNew National Readers(43,534語)の約6分の1、戦後の1950年代を代表するNew Jack and Betty(24,172語)の約3分の1です(小篠敏明・江利川春雄編著『英語教科書の歴史的研究』辞游社、2004)。

語数の減少は高校の教科書でも著しく、代表的な文英堂のUnicornシリーズ(英語I、英語Ⅱ、リーディング)を調査した長谷川修治・中條清美両先生の「学習指導要領の改訂に伴う学校英語教科書語彙の時代的変化」Language Education & Technology 41号、2004)によれば、累計総語数(延べ語数)は1980年代には51,548語、1990年代には36,678語、現行版は33,984語(1980年代の66%)に減少しています。

1ページが約350語のペーパーバックに換算すると、New Horizon全3巻で約19ページ分、これにUnicornの「英語I」と「英語Ⅱ」の単語を足しても約80ページ分にすぎません。

会話重視の陰で、これほどまでに読む量が減らされました。
6年をかけてペーパーバック80ページ分を学習したところで「英語が使える日本人」が育成できるはずがないのではないでしょうか。

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教科書は薄いが、定着しにくいのも特徴です。
Unicornの異語数は1980年代以降3,285語→3,478語→3,718語と増えているのですが、1語当たりの反復回数は1980年代の15.7から1990年代10.5、現行版9.1(1980年代の58%)へと大幅に減少しています。

つまり、教科書の本文が減少し、一見やさしそうですが、実は語彙の反復回数が乏しく、定着しにくい構造となっているのです。

この点は中学用のNew Horizon用でも同様で、1980年代と1990年代は共に8.4でしたが、現行版は7.1に下がっています。
背景には、週時間数がそれまでの週4時間から3時間に削減されたことがあると思われます。
教科書以外の教材補充なども活用した英文解釈などの反復練習を意識的に実施する必要があるのではないでしょうか。

TOEFLの成績を見ても、日本人は特に文法・構文や読解のスコアが低く、とりわけコミュニケーション指向の英語教育を受けてきた若い世代が足を引っ張っています(鳥飼玖美子『TOEFLTOEICと日本人の英語力』講談社現代新書、2002)。

こうした英語力低下の要因のうち主犯格は、日本人の学習環境にそぐわない「第二言語」(ESL)的なオーラル・コミュニケーション偏重政策にあるのではないでしょうか。

さらに、新学習指導要領が「授業は英語で」などと一段とESL的な方針で暴走しようとする現在、方針を根本的に問い直すことが急務ではないでしょうか。

そのために、EFL環境の日本人にふさわしい英語学習法として練り上げられてきた英文解釈法の意義と課題を再考すべきなのです。

英語は音声面が著しく複雑ですから、音声が単純な日本語に親しんだ日本人にとっては英語を聞き話すことは至難の業です。

まして、日本では英語の日常会話は「非日常的」ですから、意識的に使い続けなければすぐ忘れます。
ヴィゴツキーが述べているように、内容ある自然な英会話は英語習得の最終段階ですから、その前に英文を正しく読み、書く練習を積まなければなりません。

また、日本語と英語の文法は著しく異なるために、ある段階からは文法を明示的・体系的に教え、英文を分析的に精読するために日本語という母語資産を活用する必要があります。
もちろん、文法指導や読解指導を退屈なものにさせないための様々な工夫が必要です。

その上で多読を重ね、徐々に直読直解という高度な英文解釈の能力を獲得できるのではないでしょうか。

(つづく)