希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考える、和歌山大学江利川研究室のブログです。

日本英語教育史研究の歩みと展望(2)

日本英語教育史研究の歩みと展望(2)

2 敗戦から1970年代までの英語教育史研究

 戦後に刊行された英語教育史研究の最初の成果は、敗戦翌年の4月に刊行された福原麟太郎の『日本の英学』(生活社、1946)である。福原は1959年にも『日本の英学史』(新潮社)を著しており、いずれも小冊子ながら含蓄の深い文章で英学史の魅力を語っている。

 1947年には古賀十二郎の『徳川時代に於ける長崎の英語研究』(九州書房)が出た。ただし、同書は1940年頃には原稿が完成していた『長崎洋学史』(刊行は1966年)の一部をなすものだから、実質的には1930年代の研究成果であった。

長崎は江戸時代における外国文化の玄関口であり、英語教育発祥の地でもあった。それを象徴するかのように、戦後最初の本格的な英語教育史研究書として刊行されたのが、長崎英語教育百年史刊行委員会編『長崎における英語教育百年史』(同会、1959)である。70頁の小冊子ながら、古賀十二郎によって開拓された長崎学の学統が受け継がれている。

明治期に入ると、英学・英語教育の中心地は長崎から東京に移る。その歴史に関しては、東京都都政史料館(手塚龍麿執筆)の『東京の英学(東京都史紀要第16)』(同館、1959)が刊行されている。東京都が保管する学校設立認可資料などを駆使した実証的な労作である。

手塚はその後も「都史紀要」のシリーズとして『東京の女子教育』(1961)、『東京の各種学校』(1968)、『東京の中等教育』(全3巻、1972―75)などの成果を刊行し、いずれも英語教育史研究に欠かせない文献となっている。

こうした地域別の研究成果としては、他に山森専吉編『加賀藩の英学』(私家版、1966)、飯田宏静岡県英学史』講談社、1967)などがある。

日本の英語教育史研究は、1960年代に大きく成長した。その最初の象徴が、大村喜吉の畢生の名著斎藤秀三郎伝―その生涯と業績』(吾妻書房、1960)である。英語教育者に関する伝記的研究の白眉であり、毎日出版文化賞を受賞している。

こうした人物研究の巨大な業績としては、昭和女子大学近代文学研究室編の「近代文学研究叢書」(全76巻・別巻1、1956―2001)が挙げられる。この叢書には、外山正一、F・W・イーストレーキ、神田乃武、井上十吉、斎藤秀三郎、岡倉由三郎などの英語教育者に関する人物誌・業績研究と文献一覧が掲載されている。

なお、同叢書掲載の人物から津田梅子や南日恒太郎など9名を選んで編集された佐々木満子『英学の黎明』(〔昭和女子大学内〕近代文化研究所、1975)も重要である。

書誌的な研究としては、大阪女子大学附属図書館編大阪女子大学蔵 日本英学資料解題』(1962)が特筆される。これは幕末・明治初期の英学資料294点に詳細な解題を付けた労作である。
 同大学からは、その後の追加資料を盛り込み、豊富な図版を添えた大阪女子大学蘭学英学資料選』(1991)や、南出康世他編大阪女子大学蔵洋学資料総目録』(2000)も刊行されている。実にありがたい。

歴史研究に欠かせない年表に関しては、佐藤榮七が大槻如電の『新撰洋学年表』(1927)を大幅に増訂し、1536年以降の洋学史を詳細に編述した『日本洋学編年史錦正社、1965)を著した。蘭学が中心で、1877年までにとどまっている点が惜しまれる。

こうした着実な研究を基盤に、1964年に日本英学史研究会(初代会長・豊田實)が設立された。『日本英学史研究会研究報告』が刊行され(1969年まで109号)、英学史・英語教育史の研究拠点となった。

通史的な研究としては、堀口俊一「日本における英語教育史」『(新版)中学英語事典』(三省堂、1969所収)が、江戸時代から戦後までの英学史・英語教育史を90頁にわたって通観しており、「独立に単行本として出版されていれば、日本英語教育史の授業に格好の教科書となっていた」(竹中龍範)と評される好論文である。さらに、手塚竜麿の積年の研究成果54編が『英学史の周辺』(吾妻書房、1968)として上梓されたことも学界を活性化させた。

こうした1960年代における英学史・英語教育史の集大成として、大村喜吉・高梨健吉らが編集の中心となって刊行された記念碑的な大著が、『日本の英学100年』全4巻(研究社、1968―69)である。明治編、大正編、昭和編のそれぞれの巻で、英文学、英語学、英語教育などの歩みが詳述され、別巻の英学者略伝、文献リスト、年表、総索引なども以後の研究に大きく寄与した。
ただし、この時期の「明治百年ブーム」がそうだったように、英学と日本近代化の「陰の部分」に踏み込んだ考察は少ない。

 同書の刊行によって、日本の英学史・英語教育史の研究水準は飛躍した。その勢いを受けて、日本英学史研究会は1969年に日本英学史学会へと発展し、学会誌『英学史研究』を年1回定期発行するようになった。

この年には日本英語教育学会も設立され、翌年から中国、中部、九州など各地区の英語教育学会が次々に誕生した。英文学、英語学と並ぶ「英語教育学」が自立し始めたのである。

そうした新たな動きに呼応するかのように、1970年には櫻井役の『日本英語教育史稿』(1936)が文化評論出版より復刻された。

続いて、高梨健吉・大村喜吉の『日本の英語教育史』(大修館書店、1975)が刊行された。同書は、英語教育論争史に中心を置き、人物論や教授法史を配して、明治から戦後までの英語教育史の流れを概観している。索引があれば、基本文献としての価値は倍加したであろう。

翌1976年には、日本英学史学会編『英語事始』(エンサイクロぺディアブリタニカ)が刊行された。カラーを含む豊富な図版を盛り込み、日本英学史・英語教育史への良質の入門書となった。

池田哲郎の大著『日本英学風土記(篠崎書林、1979)は、北海道から鹿児島までの40都道府県の英学史・英語教育史について、各地に眠る資料を実地に調査した「足で書いた本」(703頁)である。余人にはなしえない偉大な仕事であるが、誤記・誤植が目立ち、索引がないのが惜しまれる。その後の地方英語教育史の成果を反映させた改訂・増補版が望まれる。

この他、永嶋大典『蘭和・英和辞書発達史』講談社、1970)は幕末から1970年までの膨大な辞書を体系的に考察した画期的な研究である。

雑誌『英語青年』の編集者だった喜安璡太郎の『湖畔通信・鵠沼通信』(研究社、1972)は、明治以降の英語教育者、文献、研究動向に関する貴重な情報を収めている。

さらに、戦後英語教育まで含む亀川正東『沖縄の英学』(研究社、1972)、東京教育大学の閉学にともなって刊行された福原麟太郎編『ある英文教室の100年』(大修館書店、1978)、歴史と現代的関心とがマッチした高梨健吉ほか『英語教育問題の変遷』研究社出版、1979)などが1970年代の大きな成果である。

(つづく)