これまで2回にわたって見てきたように,1990年代からの新自由主義教育政策が公教育を疲弊させてきました。
この政策がもう一つ危険なのは,その市場万能主義によって,国民の意識の中に「学校教育=サービス」という観念を刷り込んでしまったことです。
多くのマスコミもそれを煽ってきました。
多くのマスコミもそれを煽ってきました。
この観念のもとでは,生徒や保護者は教育という「サービス」を商品として「買う」側となり,学校や教師はサービスの提供者と映ります。
そのため,ちょっとした不満があると,あたかも商店員に接するかのように,上から目線でクレームを付けます。
大阪の行政などを見ると,対立が政策的に煽られています。
こうして大阪では,教員の給料削減,管理統制の強化,保護者の敵意が進み,結果として教員の病欠,早期退職が進み,さらには教員希望者が大幅に減少し,せっかく合格しても辞退者が急増しています。
大阪府教育委員会の2012年度教員採用試験に合格した2,292人のうち308人が辞退しました。
辞退率13.4%は過去5年間で最高です。
また,2013年度の教員採用試験の志願者も前年度より1,000人以上減り,2005年度以降で最低となりました。
辞退率13.4%は過去5年間で最高です。
また,2013年度の教員採用試験の志願者も前年度より1,000人以上減り,2005年度以降で最低となりました。
これで教育の質が高まるとはとても思えません。
さて,この問題を深追いしているときりがありませんので,英語教育の問題に移りましょう。
新自由主義が「公教育の切り捨て策」である以上,まず予想できることは,政府がいくら「英語が使える日本人の育成」と連呼しても,全体の英語学力が高まるはずがないということです。
事実,そうなっています。
残念なことに,日本の英語教育は,いま「三重苦」にあえいでいます。
英語学力が低下し,英語ぎらいが増え,成績の格差が広がっているのです。
残念なことに,日本の英語教育は,いま「三重苦」にあえいでいます。
英語学力が低下し,英語ぎらいが増え,成績の格差が広がっているのです。
しかし,希望の光も見なければなりません。
英語教育界からの積年の要求もあり,2012年度から中学校の外国語(英語)が週3時間から4時間に増えました。
また,学力と人間関係力を伸ばす協同学習などの指導法が成果を上げつつあります。
英語教育界からの積年の要求もあり,2012年度から中学校の外国語(英語)が週3時間から4時間に増えました。
また,学力と人間関係力を伸ばす協同学習などの指導法が成果を上げつつあります。
さて,これから,①英語教育の現状,③「国際共通語としての英語力向上のための五つの提言と具体的施策」(2011)の問題点,②新学習指導要領の特徴を検討し,今後の課題を述べてみたいと思います。
まずは①英語教育の現状から。
近年の英語科では,特にスキル主義とエリート主義が強められてきました。
下がる英語学力,増える英語ぎらい,広がる格差
競争と格差の新自由主義的な教育政策は,英語教育にもツメ跡を残しています。近年の英語科では,特にスキル主義とエリート主義が強められてきました。
過去10年,英語科では「聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション」に重点が置かれ,英会話重視が加速しました。
その反面,英語の仕組みを理解するための文法や,読解,作文などに割く時間は削減されました。
しかし,英会話は文法的な理屈によってではなく,経験的に覚えるものですから,使わなければすぐ忘れます。
英語がペラペラの帰国子女でも,日本に戻ると数ヶ月でしゃべれなくなる例が多いのです。
英語がペラペラの帰国子女でも,日本に戻ると数ヶ月でしゃべれなくなる例が多いのです。
しかも,2002年度より中学校の英語は週3時間に削減されましたから,会話を覚えるには練習時間が少なすぎました。
結果はどうなったでしょうか。
斉田智里氏の博士論文「項目応答理論を用いた事後的等化法による英語学力の経年変化に関する研究」(2010,未刊行)によれば,高校入学時の英語学力は1995年度から14年連続で低下し続け,下落幅は偏差値換算で7.4にも達しています。
特に,恐れていたことですが,英語が週3時間に減らされた2002年度以降の低下が著しいのです。
この2002年に,文科省は「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を立ち上げたことを忘れてはなりません。
この2002年に,文科省は「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を立ち上げたことを忘れてはなりません。
一般の生徒が通う公立の英語授業を削減させておいて,他方では「英語が使える」エリート育成を始めたのです。
さて,上のグラフは「平均」の下落でした。
しかし,さらに問題なのは,成績の上位層と中下位層との格差が広がり,特に階層の下落が深刻で,指導困難な生徒が増えたことです。
しかし,さらに問題なのは,成績の上位層と中下位層との格差が広がり,特に階層の下落が深刻で,指導困難な生徒が増えたことです。
上位層は,週3時間体制になってもほとんど成績が落ちてはいません。
私立などのエリート校に進んだか,塾や家庭教師などによってカバーしている可能性があります。
私立などのエリート校に進んだか,塾や家庭教師などによってカバーしている可能性があります。
それに拍車を掛けたのが,生徒を輪切りにする習熟度別授業の実施です。
こうして,英語が「わからない」「嫌い」と答える生徒が増えました。
ベネッセの「第1回 中学校英語に関する基本調査(生徒調査)」(2009)では,英語が「苦手」と答える中学生が61.8%に達しています。
ベネッセの「第1回 中学校英語に関する基本調査(生徒調査)」(2009)では,英語が「苦手」と答える中学生が61.8%に達しています。
苦手分野を尋ねると第1位は「文法が難しい」で,生徒たちの実に78.6%に及びます。
会話偏重の歪みは明らかです。
驚いたことに,2002-2011年度実施の中学校指導要領には,英文法の意義や指導法について何ひとつ書かれていませんでした。
極論すれば,英文法を教えなくても指導要領違反にはならなかったわけです。
国の教育行政のトップが,ESL(英語を日常使用する環境での第二言語としての英語)と,EFL(英語を日常使用しない環境で学習する外国語としての英語)という英語教育の最も基本的な概念を理解していなかったのです。
こうして,中学では文法指導をあまりしていない教員が3割に達するという報告もあります(笹達一郎『英語が苦手で嫌いです。』私家版,2011,p.17 *この幻の名著が公刊されることを願っています。)
文の仕組みも理解させないまま,英会話のまねを繰り返させるだけでは,「文法がわからない」「英語が理解できない」と子どもたちが悲鳴を上げるのも当然ではないでしょうか。
文の仕組みが分からなければ,「読む」に加えて,何よりも「書く」ことなどできなくなります。
そうした深刻な実態を示している一例が,和歌山県の調査です。
「書くこと」の領域の正解率は低く,特に中学3年生では12%という恐ろしい事態です。
12%ということは,白紙がほとんどだったということでしょう。
「書くこと」の領域の正解率は低く,特に中学3年生では12%という恐ろしい事態です。
12%ということは,白紙がほとんどだったということでしょう。
こうした危機感と怒りから,私たちは大津由紀雄親分を中心に,2011年9月に学習英文法の意義を再確認するためのシンポジウムを慶応義塾大学で開催し,それに基づいた本(大津由紀雄編著『学習英文法を見直したい』研究社)を世に問うたのでした。
さて,英語の仕組みが分からなければ,当然,英語ぎらいの生徒も増えていきます。
今では,中学校の英語は国語と並んで最も「好き」が少ない教科になってしまいました。
「英語が使える日本人の育成」というかけ声とは裏腹に,英語学力が低下し,英語ぎらいが増え,成績の格差が広がるという「三重苦」が進んでいるのです。
(つづく)