希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

2010年度の英語教育界を振り返る(3)

ゼミで嬉しいニュースが続きました。

50倍を超す公務員試験に挑んでいたD君が、みごと合格を決めました。

難関だった東京大学大学院教育学研究科の入試に、本日、A君が合格を決めました。
日本英語教育史を専攻する予定です。

みんな巣立っていくのは寂しいですが、これも教師の宿命。
寂しい嬉しさです。

さて、明日は9月16日に広島で開催される日本英語教育史学会の月例研究会に出席しますので、取り急ぎ「2010年度の英語教育界を振り返る」の第3回目をお送りします。

そうそう、『英語教育』10月増刊号が昨日、大修館書店から届きました。
私の英語教育日誌 [2011年4月~2011年3月]も掲載されていますので、ご覧ください。

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2010年 9月 『英語ノート』無償配布を1

文部科学省は、2009年秋の事業仕分けで廃止とされた小学校用の補助教材『英語ノート』を2011年度も無償配布することを決定した(読売新聞9月7日)。

外国語活動の必修化が半年後に迫るなか、学校現場から廃止反対の声が多数寄せられ、方針を転換した。
ただし無償配布は1年間限りで、2012年度以降はデジタル教材をインターネット経由で提供する方法を検討するという。
しかし、デジタル教材をめぐっては以前に文科省のサーバーがダウンした経緯があり、実現可能性は未知数。

必修化の初年度だけで『英語ノート』が打ち切られることになる現場では困惑が広がっている。
他方、多くの小学校で『英語ノート』が死蔵されている現実もあり、外国語活動を見切り発車させたことによる混乱が続きそうだ。

*その後、内容を圧縮して Hi, friends! が刊行された。

2009年度に8億5,300万円の予算でスタートした文部科学省の「英語教育改革総合プラン」は、民主党政権事業仕分けにより2010年度は2億1,900万円と約4分の1に削減され、同年度で廃止された。
2011年度予算は2億1,300万円で、その大半は『英語ノート』の発行費用で消えそうである。

9月7日、経済協力開発機構OECD)の「図表でみる教育2010」が発表された。
2007年度の日本の国内総生産GDP)に占める公的教育支出の割合は、比較可能なOECD加盟28か国中で最下位。

加盟国の平均5.2%に対して日本は3.4%で、2000年の3.6%からさらに低下した。
大学など高等教育への公的支出のGDP比も0.6%と低い。
逆に、教育への私費負担率は日本が33.3%で、OECD平均17.4%の2倍近く、ワースト4位。

*つい最近発表された2009年度のデータでは、日本の国内総生産GDP)に占める公的教育支出の割合は、なんと3年連続最下位
これは、政治の重大な過失である。

9月、ベネッセが「第1回中学校英語に関する基本調査」の結果を発表した。
2009年に全国の公立中学校2年生を対象に実施したもの。

その結果、英語を(とても+やや)「得意」と答えた生徒が37.5%であるのに対し、「苦手」が61.8%に達した。
英語を「好き」と答えた生徒はたった25.5%で、9教科中8位。

苦手分野では、「文法が難しい」が78.6%とトップで、「英語の文を書くのが難しい」が72.0%。
オーラル重視に傾きすぎた結果、英語の仕組みが理解できていない実態がうかがえる。

では、小学校外国語活動の影響はどうだろうか。

「中学校に入学する前、中学校で英語を学ぶことが楽しみでしたか」という問いに対して、(とても+まあ)「楽しみだった」は41.9%、「楽しみでなかった」は53.0%と、中学入学前に過半数が英語学習を楽しみにしていない現実が明らかになった。

小学校での外国語活動の導入によって英語への興味を失う子どもが増えているとすれば、大きな問題だ。
2012年度から中学校の外国語が週4時間に増やされることで、事態が改善されればよいのだが。

9月30日、「高等学校段階の学力を客観的に把握・活用できる新たな仕組みに関する調査研究」(代表・佐々木隆生)が文科省に報告された。
大学入試センター試験に代わる「高大接続テスト」(仮)を検討したもの。

推薦入試やAO入試の普及などによって、一般入試による学力試験を経ずに大学に入学する学生は、私立大では2010年度に51.9%に達している。

一方、2011年のセンター試験の志願者は全国で約56万人、利用する大学・短大は800校を超えている。
その結果、全体的な学力低下と二極化が進み、センター試験では学力測定が困難な生徒が増えている。
新たな入試制度改革が大いに期待される。

10月 少人数学級を求める全国集会

10月26日、「子どもたちの豊かな育ちと学びを支援する教育関係団体連絡会」(日本PTA全国協議会、全国小・中・高の校長会、教育委員会の連合会、日本教職員組合など教育関係23団体)が主催する「少人数学級の実現に向けた教職員の定数改善を求める全国集会」が東京で開催された。

集会には高木義明文部科学大臣をはじめ与野党の国会議員や教育関係団体の代表者など約500人が集まり、(1)教員定数改善の着手と人・財政の措置、(2)人材確保法の堅持と教員の処遇改善、(3)義務教育国庫負担の堅持・拡充を主旨としたアピールを採択した。

学級定数に関する国の上限は1980年度に45人から40人に引き下げられて以来30年以上も放置され続けた。
経済協力開発機構OECD)加盟国のクラスサイズの平均は小学校が21.6人、中学校が23.7人(2008年)。
これに対して、日本では小学校が28.0人で加盟国中ワースト3位、中学校は33.0人でワースト2位だった。

学校現場では、いじめ、問題行動、学級崩壊、教員の過労など、少人数学級が強く求められている。
知識基盤社会に対応するため、教育条件改善に向けた各国の対応もめざましい。

教育は未来への投資。
教育条件の改善が進まないなら、日本社会全体の劣化が加速化するだろう。
少人数学級の実現に向けて主要な教育団体が一同に結集した背景には、こうした危機感があったようだ。

11月 外国語能力の向上に関する検討会

11月18日、文部科学省は英語教育の包括的な指針作りをめざした「外国語能力の向上に関する検討会」(吉田研作・座長)を発足させた。

主要課題は、(1)「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」(2003~07)の改訂、(2)英語以外の外国語能力の向上、(3)国語力の向上。

今後、英語教育に関する目標設定の在り方、英語教員の英語力の強化、ICTの活用等による英語の授業の改善、海外留学など生徒が英語でコミュニケーションを行う機会の充実などの方針が検討される。

委員には卯城祐司(筑波大)、根岸雅史(東京外大)、松本茂(立教大)、吉田研作(上智大)の各氏をはじめ、市村泰男氏(日本貿易会常務理事)や本下俊秀氏(三菱東京UFJ銀行)などの財界人が名前を連ねている。
例によって中学・高校の関係者は入っていない。

先の「行動計画」では、英語力の到達目標を中3で英検3級程度、高3で準2級~2級程度としたが、文科省の調査(2007)では、目標レベルに達した生徒は中・高ともに3割程度にとどまった。

学習指導要領が定めた学習内容と英検とは整合しないとの批判も多かった。
今後は「英検Can-doリスト」(2006)などを参考に、4技能(聞く・話す・読む・書く)のそれぞれについて「運用目標」を提示する方式を検討している。

この他、教員の英語能力の目標設定や、生徒の英語学習の意欲を高める方策などについて協議し、2012年3月までに結論を出す。

11月7~14日、横浜でアジア太平洋経済協力APEC)首脳会議が開かれ、菅・オバマ会談で「日米同盟深化のための日米交流強化」が確認された。

そのための主要事業の1つとして、文部科学省は外務省と共同で2011年度予算案に「日本人若手英語教員米国派遣事業」(5億円)を盛り込んだ。

この事業の趣旨は、20~30代の若手英語教員100人を6か月アメリカの大学院に派遣し、英語教育の教授法を学ぶとともに、人的交流やホームステイを通じて米国理解を深め、英語指導力や英語によるコミュニケーション能力の充実を図るというもの。

「日米同盟の深化・発展のための国民の幅広い層における相互理解の促進を主要目的とする」という。
教員の派遣事業で政治的・戦略的な意図が明言されているのはきわめて異例。
親米派の育成をめざすアメリカ流ソフトパワーの一環ともいえる。

ALTを招致するJETプログラムが、対米貿易黒字を減らすために、レーガン・中曽根会談を経て1987年に始まったのと同じ構図である。
みなさんはどうお考えだろうか。

11月5・6日、全国の中学校・高等学校の英語教員約6万人を会員とする全国英語教育研究団体連合会(全英連)が、横浜市で第60回全国英語教育研究大会を開催した。

コンセプトは「神奈川からの発信:英語教育の振り子は今どこに?」。
記念講演は大津由紀雄氏(慶應義塾大学)による「もっとことばを! 子どもたちがことばのすばらしさを実感できる英語教育」。

小学校英語反対派の大津氏を記念講演に招いたのは「本音で建設的な議論」(多田野昌弘・実行委員長)を喚起するため。

パネルディスカッションは高橋一幸・阿野幸一・蒔田守・久保野雅史の各氏による「英語教育における異校種間の接続と連携」だった。

(つづく)