希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

小学校英語の早期化・教科化は誰が仕掛けたのか?

「グローバル人材」育成を掲げて矢継ぎ早に打ち出される英語教育改革方針。

その目玉が、中学校の英語の授業を英語で行うことと、小学校での外国語活動を現在の5年生から3年生に引き下げ、5年以上は国語や算数などと並ぶ「教科」にするという方針だ。

義務教育において新たな教科を増設するというのは大問題。
やるからには、しっかりとした検討と検証が必要であることは言うまでもない。

しかし、調べれば調べるほど、小学校英語の早期化・教科化については慎重に議論された形跡がない。
その驚くべき政策決定プロセスを検証してみよう。

安倍内閣が2013年6月14日に閣議決定した「第2期教育振興基本計画」には、以下の方針が盛り込まれている。

「小学校における英語教育実施学年の早期化、指導時間増、教科化、指導体制の在り方等や、中学校における英語による英語授業の実施について、検討を開始し、逐次必要な見直しを行う。」

教育振興基本計画とは、教育施策を総合的・体系的に推進するための財政的措置を伴った計画で、第一次安倍内閣が2006年に改変した新教育基本法によって政府による策定が義務づけられた。
第2期教育振興基本計画は2013年度から2017年度までの5年間が対象で、次期学習指導要領の方向性を決定づけるものだ。

その「教育振興基本計画」を作成するために、文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会に教育振興基本計画部会が設置され、2008(平成20)年12月2日の第1回会合から2014(平成25)年4月18日まで26回の会合を重ねてきた。議事録等も公開されている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo9/giji_list/index.htm

部会長は中教審会長でもある三村明夫氏(新日鐵住金取締役相談役)で、彼は日本経団連副会長、日本商工会議所会頭などを務めた財界の重鎮である。
委員の顔ぶれを見ると、英語教育の専門家は1人も入っていない。

さて、その教育振興基本計画部会が長期に及ぶ審議を経て、2013年4月25日に「第2期教育振興基本計画について(答申)(中教審第163号)」を文部科学大臣に提出した。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1334377.htm

その80ページには英語教育政策が盛り込まれている。

【主な取組】
16-1 英語をはじめとする外国語教育の強化
・新学習指導要領の着実な実施を促進するため,外国語教育の教材整備,英語教育に関する優れた取組を行う拠点校の形成,外部検定試験を活用した生徒の英語力の把握検証などによる,戦略的な英語教育改善の取組の支援を行う。また,英語教育ポータルサイトや映像教材による情報提供を行い,生徒の英語学習へのモチベーション向上や英語を使う機会の拡充を目指す。大学入試においても,高等学校段階で育成される英語力を適切に評価するため,外部試験の一層の活用を目指す。

ところが、たった2カ月足らず後の6月14日に閣議決定された「第2期教育振興基本計画」では、この部分が以下のように変えられたのである。

16-1 英語をはじめとする外国語教育の強化
・ 新学習指導要領の着実な実施を促進するため、外国語教育の教材整備、英語教育に関する優れた取組を行う拠点校の形成、外部検定試験を活用した生徒の英語力の把握検証などによる、戦略的な英語教育改善の取組の支援を行う。また、英語教育ポータルサイトや映像教材による情報提供を行い、生徒の英語学習へのモチベーション向上や英語を使う機会の拡充を目指す。大学入試においても、高等学校段階で育成される英語力を適切に評価するため、TOEFL等外部検定試験の一層の活用を目指す。
・ また、小学校における英語教育実施学年の早期化、指導時間増、教科化、指導体制の在り方等や、中学校における英語による英語授業の実施について、検討を開始し、逐次必要な見直しを行う。

お気づきだろうか。

「小学校における英語教育実施学年の早期化、指導時間増、教科化、指導体制の在り方等や、中学校における英語による英語授業の実施について、検討を開始し、逐次必要な見直しを行う。」という重要方針は、実は5年以上の歳月をかけた中教審答申には盛り込まれておらず、閣議決定版の段階で急遽挿入されたのである。

その間、わずか2カ月足らず!

いったい何があったのか。

中教審答申の約1カ月後の5月28日に、政府の教育再生実行会議が「これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)」を安倍首相に提出した。
その中に、「小学校の英語学習の抜本的拡充(実施学年の早期化、指導時間増、教科化、専任教員配置等)」、「中学校における英語による英語授業の実施」が突然盛り込まれた。

その直後の6月5日には、政府の日本経済再生本部産業競争力会議が「成長戦略(素案)」を発表し、やはり「小学校における英語教育実施学年の早期化、教科化、指導体制のあり方等や、中学校における英語による英語授業実施について検討する。」とした。

もちろん、教育再生実行会議にも産業競争力会議にも英語教育の専門家はいない。

つまり、小学校英語の早期化・教科化や中学校での英語による英語授業という重大方針は、中教審の審議を経ることなく、英語教育の専門家がいない教育再生実行会議などによって、思いつきのように挿入されたのである。

もちろん、実施に必要な予算や人員をどう確保するかはまったく述べられていない。

小学校英語の教科化を本気で実施するには8,000億円の予算が必要だとする試算がある(佐藤学・大内裕和・斎藤貴男対談「『教育再生』の再生のために」『現代思想』2014年4月号、45頁)。

しかし、これほど膨大は予算増を財務省が認めるはずがない。
35人学級化ですら小学2年生でストップさせたのだから。

実際に2014年度予算をみると、「グローバル人材育成のための取組み」のために財務省が認めた総額はたったの16億円。
全国には2万を超す小学校があるが、英語教科化への対応として認めた教員増はたったの94人だけ。

これでどうやって小学校英語の早期化・教科化ができるというのか。

戦前の軍部のように、補給もなしに「大和魂で戦え!」と言うのか。

政策決定プロセスの驚くべき杜撰さと無責任さ。

「亡国の教育政策」という言葉以外、何も浮かばない。