希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

安倍政権下の英語教育日誌1(2013年4月~6月)

中教審の教育課程企画特別部会が8月20日、次期学習指導要領の改訂ポイントを集めた「論点整理(案)」を発表した。

2016年度中に予定されている中教審答申(次期指導要領の内容を提示)の方向性を決める文書として注目したい。

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やはり、小学校英語を小3に下ろし、小5からは成績評価を伴う「教科」にする方向だ。

ただし、教科としての時間は、当初の3時間から2時間に削減するようだ。

中学校の英語の授業は「英語で行うことを基本とする」という愚案も盛り込みそうだ。

こうした安倍政権の英語教育政策の特徴を一言で言えば、「反知性主義」ということだろう。

政策の裏付けとなるべき学問的根拠(エビデンス)も、実践的な検証もない。

英語教育の専門家ではない素人政治家・財界人たちが「思いつき」と「思い込み」で政策を作り、安倍が閣議決定し、上意下達で文部科学省を追随させ、思考停止の御用学者らで粉飾し、専門家や現場からの声を無視して強行する。

末期症状である。

それでも、あきらめずに批判と抵抗を続けるために、まずは事実関係の推移を冷静に見極め、有効な対策を考え、実行して行かなければならない。

そのために、第二期安倍政権下における英語教育の流れを振り返ってみよう。

今日の英語教育政策は、2013年5月28日の教育再生実行会議(安倍首相の私的諮問機関=お友だち)の提言から始まった。政策の私物化である。

以下は、大修館書店の『英語教育』10月臨時増刊号に寄稿した「英語教育日誌 [2013.4~2014.3]」に加筆したものである。(2014年度については、今年9月発売の10月増刊号に寄稿した。)

● 2013年度のおもな出来事 ●

<2013年> 
4月1日 高校の新学習指導要領がスタート
4月 8日 自民党教育再生実行本部、大学入試・卒業要件にTOEFL等を提言
4月25日 中教審答申、小学校英語の早期化・教科化を盛り込まず
5月28日 教育再生実行会議、小学校英語の早期化・教科化を提言
6月14日 「第2期教育振興基本計画」閣議決定
6月25日 日本の公的教育支出率4年連続最下位
7月14日 第13回小学校英語教育学会沖縄大会
8月 8日 入試制度改革案に3学会合同意見書
8月10日 全国英語教育学会第39回北海道大会
8月28日 小6の67%が小4までに英語を学習
9月14日 中高生の英語4技能テスト実施方針
10月17日 教員の3分の1が過労死線上の勤務
10月29日 「トビタテ!留学JAPAN」記者発表
10月31日 高大接続テストに関する提言
11月16日 全英連第63回東京大会
11月25日 東京都、3年目の英語教員全員に留学
12月3日 日本のPISAの成績がいずれも向上
12月13日 文科省「英語教育改革実施計画」
12月20日 公立小中学校の教員定数、初の純減へ

<2014年>
1月22日 文科省、英語教員採用に外部検定試験成績等を求める通達
1月23日 センター試験廃止に高校4割超が反対
2月 4日 英語教育の在り方に関する有識者会議
2月17日 横浜市、全市立高でTOEFL-ITP受験へ
3月20日 政府予算案成立、文科省予算0.1%増
3月28日 スーパーグローバルハイスクール56校

2013年度は、英語教育改革に関する重要政策が矢継ぎ早に打ち出されるなど、英語教育界にとって激動の1年となった。


4月 大学入試・卒業要件にTOEFL等を提言

2013年4月1日 高等学校の新学習指導要領が1年生に実施された(学年進行)。

中高合わせた語彙数は、約2,200語から約3,000語へと、戦後初めて増加に転じた。

科目名も従来の「英語Ⅰ」から「コミュニケーション英語Ⅰ」に変わり、「授業は英語で行うことを基本とする」など、コミュニケーション重視が一段と強められた。

その一方で、「英語表現Ⅰ」の教科書(18種)では伝統的な文法指導を重視した1社の2点が合計46%のシェアを占めるなど、学校現場のニーズとのギャップも浮き彫りになった。

4月3日 TOEICを実施・運営する国際ビジネスコミュニケーション協会は、スピーキング/ライティングテストなどを含むTOEICプログラム全体の受験者数が2012年度は2,524,100人に達し、過去最高を更新したと発表した(前年度比1.2%増)。

同協会は、企業のグローバル化がいっそう進む下で、実践的な4技能の習得を求める志向が強まっていると分析している。

4月8日 自民党教育再生実行本部が「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」を安倍首相に提出。

理数教育、情報通信技術教育とともに「英語教育の抜本的改革」を盛り込んだ。
概要は次のとおり。

①大学受験資格・卒業要件としてTOEFL等の一定以上の成績を要求。

②世界レベルの教育・研究を担う30程度の大学の卒業要件はTOEFL iBT 90点相当。

③高校ではTOEFL iBT 45点(英検2級)等以上を全員が達成。

④英語教師の採用条件はTOEFL iBT 80点(英検準1級)程度以上。

⑤求められる英語力を達成した教師の割合を都道府県ごとに公表、など。

どこまで現実を見すえているのだろうか。

4月25日 中央教育審議会が「第2期教育振興基本計画について」を政府に答申。

2008年7月から23回の審議を経たものだが、小学校英語の早期化・教科化は盛り込まなかった。


5月 小学校英語の早期化・教科化を提言

5月28日 安倍首相の私的諮問機関である教育再生実行会議が、「これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)」で英語教育改革案を発表。

4月8日の自民党教育再生実行本部提言の②③⑤が消え、代わりに「小学校の英語学習の抜本的拡充(実施学年の早期化、指導時間増、教科化、専任教員配置等)や中学校における英語による英語授業の実施」などを盛り込んだ。

この提言に対して、新英語教育研究会は、6月10日に「『英語教育の改革』についての公開質問状」を教育再生実行会議に提出した。主な内容は以下の5点。

小学校英語の早期化と教科化ではなく、現在の外国語活動の実施状況を検証し、発達段階に即した方針を出すべきではないか。

②中学校で英語による英語授業を行えば、授業についていけなくなる生徒が増えるのではないか。

③大学入試や卒業認定に難解なTOEFL等を課せば「英語嫌い」が増えるのではないか。

④基本的な文法、音声、母語との違いに気付かせるなどの基本に徹した教育を行うべきではないか。

⑤公財政支出の増加、少人数学級編成、専任教員の増員などの教育条件整備を先行すべきではないか。


6月 安倍政権「第2期教育振興基本計画」を閣議決定

6月14日 安倍内閣「第2期教育振興基本計画」閣議決定

英語教育関係の成果目標と主な取組は以下の通りで、4月の中教審答申から大幅な修正が加えられている。

①中学校卒業段階で英検3級程度以上、高等学校卒業段階で英検準2級程度~2級程度以上を達成した中高校生の割合50%。卒業時の英語力の到達目標(例:TOEFL iBT80点)を設定する大学の数及びそれを満たす学生の増加、卒業時に海外留学経験者数を設定する大学の増加。

②英語教員に求められる英語力の目標(英検準1級、TOEFL iBT80点、TOEIC 730点程度以上)を達成した英語教員の割合を中学校50%、高等学校75%とする。

③2020年を目途に日本人の海外留学生数を倍増、外国人留学生数の増加。

④大学における外国人教員等の比率及び外国語による授業実施率の増加。

英語が苦手な生徒への方策には言及がない。

また、教育再生実行会議の提言を受け、中教審答申になかった「小学校における英語教育実施学年の早期化、指導時間増、教科化、指導体制の在り方等や、中学校における英語による英語授業の実施について、検討を開始し、逐次必要な見直しを行う」との方針を盛り込んだ。

しかし、小学校の外国語活動が5・6年生に必修化されたのは2011年度、高校での「英語による英語授業の実施」は2013年度から始まったばかりであり、ともに成果や課題は総括されていない。

学校現場に重大な影響を与える方針を、かくも性急に政策化してよいのだろうか。

「教育新聞」は6月27日の社説で、「教科化、実施学年の早期化といった提言はあまりにも安易すぎよう。いま求められることは、改めて、現在の外国語活動充実のための条件整備を図ることであり、言語の機能を踏まえ、言語の教育としての小学校における英語教育の在り方という本質的な論議を、多くの識者に呼びかけて展開することだ」と批判した。

6月25日 経済協力開発機構OECD)は2010年の国内総生産GDP)に占める教育機関への公的支出率を発表した。

加盟国平均5.4%に対し、日本は前年並みの3.6%で、比較可能な30カ国中4年連続で最下位。
「第2期教育振興基本計画」には教育の公的支出率をOECD平均並みに引き上げる数値目標を盛り込む予定だったが、安倍内閣は見送った。
OECDは「日本は幼稚園と大学で私費負担の割合が高い」として、公的支出の拡大を勧告している。

(つづく)