希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

日本の外国語教育政策史点描(2) 臨時教育審議会(その2)

臨時教育審議会の英語教育政策(1980年代) その2

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【資料】「臨時教育審議会第二次答申」(1986年4月23日)
(3)外国語教育の見直し

現在の外国語教育、とくに英語の教育は、長期間の学習にもかかわらず極めて非効率であり、改善する必要がある。

ア 各学校段階における英語教育の目的の明確化、学習者の多様な能力・進路に適応した教育内容や方法の見直しを行う。

イ 大学入試において、英語の多様な力がそれぞれに正当に評価されるよう検討するとともに、第三者機関で行われる検定試験などの結果の利用も考慮する。

ウ 日本人の外国語教員の養成や研修を見直すとともに、外国人や外国の大学で修学した者の活用を図る。また、英語だけでなくより多様な外国語教育を積極的に展開する。

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このように、1986年4月の第二次答申では、「現在の外国語教育、とくに英語の教育は、長期間の学習にもかかわらず極めて非効率であり、改善する必要がある」との認識を示し、「中学校、高等学校等における英語教育が文法知識の修得と読解力の養成に重点が置かれ過ぎていることや、大学においては実践的な能力を付与することに欠けていることを改善すべきである」としている。

こうした批判は、実は明治期から繰り返し行われていた。
たとえば、牛中山人は1907(明治40)年の論文「文法倒れ」で次のように述べている。

「世界的活動をなすには先づ,外国語を巧みに操る必要がある(中略)英語に至りては、小学時代よりポツポツこれを始め、中学に進んでは随分たくさんの時間をこれに費やし、さらに進んで高等の学校に入りて益々これを勉強するにかかわらず、その結果の極めて劣悪なるは困り切ったことである。(中略)今日中学の英語学は、余りに文法学に傾いて、肝心の練習は常にお留守に相成るの一事である。」(『東洋経済新報』1907年8月25日号)

これを読むと、「グローバル化だ」「使える英語だ」と叫ぶ平成時代の財界人の意見を聞いているような錯覚に襲われる。

100年以上も同じような主張を繰り返しているわけだ。

逆に言えば、繰り返し批判されつつも、日本では根強く文法や読解力の養成に比重が置かれてきた。
そこには、日常生活で英語を必要としない日本の特異な言語環境のもとで、日本語とはあまりにかけ離れた言語である英語を習得するためには「文法と読解が欠かせない」という経験知の集積があるからではないか。

その点を過小評価した「改革」は、必ず失敗するのではないだろうか。

1987年4月1日の第三次答申では、「広くコミュニケーションを図るための国際通用語(リンガ・フランカ)習得の側面に重点を置く必要」があるとして、初めて「コミュニケーション」という言葉が明記された。

この方針は同年8月の「第四次(最終)答申」にも受け継がれ、1988年版学習指導要領の基本方向を決定づけた。

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【資料】臨時教育審議会第三次答申(1987年4月1日)
③ コミュニケーションに役立つ言語教育――国際通用語としての英語および日本語

ア 外国語とくに英語の教育においては、広くコミュニケーションを図るための国際通用語(リンガ・フランカ)習得の側面に重点を置く必要があり、中学校、高等学校、 大学を通じた英語教育の在り方について、基本的な見直しを行う。

イ 外国人に対する日本語教育については、国際通用語としての日本語の研究および教育方法・教材の開発が緊要である。また、日本語教員の養成を急ぐとともに、海外における日本語の普及に努める。

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それ以外の答申内容のうち、外国語教育にとって重要なものは以下の通りである。

①各学校段階における英語教育の目的の明確化
この「目的」は「到達目標」の意味で、のちに英検、TOEICTOEFLなどの級やスコアやCAN-DOリストなどによって具体化されるようになる。

②学習者の多様な能力・進路に適応した教育内容・方法の見直し
臨教審の「個性重視」や「多様な能力・進路」の強調は、戦後民主主義教育の基本原則である「機会均等と平等」に対置されたもので、教育格差の拡大をもたらす結果となった。

英語教育政策史をながめると、自民党参議院議員平泉渉氏が1974年4月18日に提出した「外国語教育の現状と改革の方向―一つの試案―」(いわゆる「平泉試案」)で、高校において「外国語教育を行う過程とそうでないものとを分離する」という提案をしている。

その後、2001年1月17日に答申された「英語指導方法等改善の推進に関する懇談会」(中島嶺雄座長)の報告書でも、「国民全体に求められる英語力」と「国際社会に活躍する人材等に求められる英語力」に2分された。

それは翌2002年に文科省が発表した「『英語が使える』日本人の育成のための戦略構想」に踏襲された。
これらに呼応して、2000年代に入ると習熟度別授業が推奨された。

③大学入試における4技能の評価、第三者機関で行われる検定試験の利用
第二次答申では「TOEFLなどの」と例示されていたが、最終答申では消えた。英検などへの配慮であろうか。
しかし、2013年の自民党教育再生本部の提言では「大学の入試・卒業要件にTOEFL等」を課すことが盛り込まれた。

④外国語教員の養成や研修の見直し、外国人や外国の大学で修学した者の活用
文科省の「『英語が使える』日本人の育成のための行動計画」(2003~07年度)では、中学・高校のすべての英語教員に研修を課した。

⑤英語以外の多様な外国語教育の推進
文部省は1990年代から高校等での外国語教育の多様化を徐々に進め、2003年からは「高等学校における外国語教育多様化推進地域事業」を実施した。

ところが、2000年代になると財界は「英語が使える日本人」の育成に特化するようになり、英語以外の外国語科目を開設する高校は2007年をピークに減少を続け、2012年には713校で、全体の14.3%にすぎない。

大学でも、設置基準の大綱化(1991)によって「第二外国語」の履修が緩和され、英語以外の外国語を学ぶ学生が減少した。

小学校英語教育の開始についての検討
第二次答申では「英語教育の開始時期についても検討を進める」とある。
こうして1992年には公立小学校での英語教育が施行され始め、外国語活動の開始、その必修化へと進むことになる。

また、第二次答申には「外国語教育の問題を考えるに当たって国語力を重視する必要がある」と述べられており、2002年に発表された文科省の「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」では、副題が「英語力・国語力増進プラン」とされた。

ただし、国語力の重視については最終答申で消えている。

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【資料】【資料】 「臨時教育審議会第四次(最終)答申」(1987年8月7日)

3 外国語教育の見直し

ア 外国語とくに英語の教育においては、広くコミュニケーションを図るための国際通用語習得の側面に重点を置く必要があり、中学校、高等学校、大学を通じた英語教育の在り方について、基本的に見直し、各学校段階における英語教育の目的の明確化、学習者の多様な能力・進路に適応した教育内容や方法の見直しを行う。

イ 大学入試において、英語の多様な力がそれぞれに正当に評価されるよう検討するとともに、第三者機関で行われる検定試験などの結果の利用も考慮する。

ウ 日本人の外国語教員の養成や研修を見直すとともに、外国人や外国の大学で修学した者の活用を図る。また、より多様な外国語教育を積極的に展開する。

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(つづく)