希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

日本の外国語教育政策史点描(6)小学校の外国語教育(2)

小学校の外国語教育(2)

2000(平成12)年3月28日、経済団体連合会が政策提言「グローバル化時代の人材育成について」を発表した。

その後の学校教育に大きな影響を及ぼした提言で、英語教育に関しても、英語教員採用試験におけるTOEFL等外部検定試験の活用、英語教員への研修強化、外国人教員の積極的採用・確保、大学入試センター試験への英語リスニングテストの導入、海外留学・研修制度の導入など、その後に強化・実施された政策を多く含んでいる。

小学校英語教育に関しても、「実用的な英語力の強化のためには、できるだけ幼少の時期から英語教育を開始し、耳から英語に慣れていくことが重要である」として「小学校段階からの英語教育の開始」を要望した。

経団連に限らず、こうした主張(むしろ「神話」)は、きわめて多い。
だが、幼少期から耳からの英語に慣れ、ペラペラだった帰国子女の小学生は、日本に戻ると数ヶ月で英語を忘れてしまう。
この実態を、どう説明するのだろうか?

伊村元道先生のことばを借りれば、英文法という「鉄筋」を入れないブロック塀は、すぐ崩れ去ってしまうのではないだろうか。

その後の動きを見てみよう。

2000年3月に「小学校英語活動実践の手引作成協力者会議」(影浦攻座長)が発足し、2001年2月には文部科学省から『小学校英語活動実践の手引』が発行された。

2000年(平成12年)度には教育特区における教科としての「英語科」の研究開発学校として、千葉県成田市立成田小学校、石川県金沢市立南小立野小学校、大阪府河内長野市立天野小学校の3校が指定された。
研究開発の予算は、それまでの1件あたり年間約50万円が約600万円に増加した。

ただし、年600万円をつぎ込んで成功事例を作ったとしても、一般の学校が同様にうまくいくとは限らない。というか、うまくいかない。

なぜなら、一般の学校には「年600万円」の予算を付けるはずがないからだ。
パイロット校の報告書が「うまくいきました」と書いたとしても、以上の条件を割り引いて考えないといけない。

その後、日教組の教育研究全国集会で、英語特区として必修化が始まった金沢市の教員から「英語に熱心な子と無関心な子の二極化が進んでいるうえ、子どもも負担に感じている」との実情が報告された。
これを報じた朝日新聞社説は、「当面は5年生からの英語の必修化をすべきではない」と述べている(2006年3月30日)。

ただし、小学校における英語教育の実施は、経済界の要望であると同時に、保護者の期待に後押しされている。

文部科学省の「小学校の英語教育に関する意識調査」(2004年調査)によれば、「小学校で英語教育を必修とすべきか」との項目に対して、「そう思う」と回答した小学生の保護者は約7割に達した。

Benesse教育研究開発センターが2006(平成18)年9月~10月に実施した「第1回小学校英語に関する基本調査」においても、「小学校で英語教育を必修にすることに賛成」と回答した保護者は76.4%を占め、教員の賛成が36.8%にすぎなかったことと対照的である。

その効果については、保護者の7割前後が「外国に対して興味をもつようになる」「中学校での英語学習がスムーズになる」「発音や聞き取りがうまくなる」という理由をあげている。

保護者の多くが自分が受けてきた英語教育を「役に立たなかった(あまり/まったく)」(80.3%)、「英語で苦労した(とてもあった/まああった)」(56.2%)と考えており、そうしたトラウマないしルサンチマン(怨念)が、小学校英語への期待となって現れていると思われる。

微分積分や跳び箱が実社会で「役に立たない」と怒る人はほとんどいない。
なのに、なぜか英語だけが「役に立たない」と怒られる。

2006年3月27日には、中央教育審議会外国語専門部会(中嶋嶺雄主査)が、小学校外国語活動の5・6年生への「必修化」を提言した。

必修だが「教科」ではなく、これまで通り「総合的な学習の時間」か、道徳のような「領域」で実施し、成績はつけない。
しかも必修化は5・6年生だけで、低・中学年の方針は定まっていない、という提言だった。

これに対しては、厳しい論調が少なくなかった。
特に、中学校英語へのテコ入れが必要だという主張が目を引いた。

・小学校に中途半端な英語教育を導入するくらいなら、週3時間に減らされた「中学以降の授業時間数を増やす方が効果的ではないか」(『北日本新聞』社説4月2日)

・「中学校からの英語教育の改善に工夫することの方がむしろ先決だ」(『産経新聞』主張3月29日)

第一次安倍晋三内閣は、2006年10月10日の閣議決定で首相の私的諮問機関である教育再生会議を発足させた 。

再生会議は、2007(平成19)年12月25日に「社会総がかりで教育再生を・第三次報告」を発表し、「大学における英語教育を大幅に改善するとともに、外国人教員の採用も進め、英語による授業の大幅増加を目指す。(当面、全授業の30%は英語での授業を目指す)」などとした。

また、小学校からの「英語教育を抜本的に改革する」として、以下の提案を行った。

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○ 小学校から英語教育に取り組み、ネイティブを常勤講師に採用する、現場の進んだ取組を行いやすくする

小学校英語に関して、国は、研究開発学校等の弾力化により、以下のような各地域でのより進んだ多様な取組を行いやすくする。

-1・2年の特別活動、3・4年の総合的な学習の時間を利用して英語教育を実施すること

-小学校5・6年で、週2時間以上英語教育を実施すること、中学校の英語教育の内容を一部取り入れること

-小中一貫の全学年で教科としての英語を実施すること など

・ネイティブの講師の積極的な活用を図る。小学校への英語教育の導入を契機に、中学校、高等学校の英語教育の在り方についても、ヒアリング、音読等のコミュニケーション能力の強化を軸に抜本的改革を行う。

・日本語での対話・意思疎通能力の育成も進める。

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現在の第二次安倍内閣小学校英語にはたいへん熱心だが、第一次安倍内閣(2007年)の段階で、教育再生会議を通じて、小学校外国語(英語)活動の小1からの実施、5年生以上での教科としての英語教育の実施を主張していたのである。

さらに教育再生会議は、2008(平成20)年1月31日に「社会総がかりで教育再生を・最終報告~教育再生の実効性の担保のために~」を発表し、「英語教育を抜本的に改革するため、小学校から英語教育の指導を可能とし、中学校・高校・大学の英語教育の抜本的充実を図る」とした。

しかし、小学校現場の実態はたいへん厳しかった。

小学校の英語活動は2002年度からなし崩し的に始まり、文科省によれば、2005年度の実施率は93.6%だった。

しかし、その実態を見ると、6年生で年間平均13.7単位時間、つまり45分授業を月に1回程度行っているにすぎなかった。

実施できる条件が整っていなかったのである。
英語の教員免許を持つ小学校教員は4%にすぎず、ALTも4校に1人の割合だった。

教科化するとなれば、高学年だけでも全国で8万学級分の教員研修を実施しなければならない。
佐藤学氏(学習院大学)は、教科化には約8,000億円が必要だと試算している(『現代思想』2014年4月号)。

韓国では、教科化にあたって英語担当教員全員に最低120時間以上の研修を課した。
しかし、日本では各校につき1人にだけに、10数時間を課したに過ぎなかった。
あとは、その内容を各校に帰って周囲に伝達せよとの方針だった。

そんなことで教育ができるのなら、教員免許法はいらない。
教員免許更新制度はもっといらない。

現場が多忙を極める中で、教科化や早期化、それに伴う教員研修や教材開発等の予算と実施条件をどう保障するのか。

当時も現在も、そうした予算処置や具体的な実行方法については、何も示されていない。

ちなみに韓国では、英語教育推進のために、2008年度から2012年度の5年間に4兆ウォン(日本円で約4,500億円)を投入した。
他方、日本のこの期間の英語教育予算は約21億円で、2012 年度はわずか1億4,200万円である。

「韓国に後れを取るな」と言うのなら、最低限、韓国並みの予算を付けてからにすべきだろう(日本の人口は韓国の2倍以上だから、予算も2倍で同等と言えるのだが)。

2008(平成20)年3月改訂の学習指導要領によって、「外国語活動」が科目ではなく「領域」として5・6年生に週1時間必修化され、2011(平成23)年度から実施された。

2009年4月、文科省は「英語教育改革総合プラン」を発表し、2009~13年度実施の予定で、小学校外国語活動の実施に向けた条件整備等に重点を置いた。

しかし、同年9月に発足した民主党政権事業仕分けで、11月に事実上廃止されることが決まった。
そのため、小学校用の『英語ノート』の廃止も決定されたが、小学校現場からの要望を受け、翌2010年9月に復活し、より薄いHi, friends!になった。

民主党政権が崩壊して誕生した第二次安倍内閣は、外国語活動必修化の成果が十分に検証できない段階であるにもかかわらず、小学校英語の早期化・教科化を打ち出してきた。

2013(平成25)年5月28日に、安倍首相の私的諮問機関である教育再生実行会議が、「これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)」を提出し、その中で「小学校の英語学習の抜本的拡充(実施学年の早期化、指導時間増、教科化、専任教員配置等)」や「中学校における英語による英語授業の実施」といった提案を突如として盛り込んだのである。

ここで確認しておかなければならない重要なことがある。

本来は何の政策的決定権もないはずの首相の「私的諮問機関」が、公的な審議機関である中央教育審議会と、その審議結果である文部科学大臣への「答申」よりも上位にあるかのように政策決定に影響を与えていることである。

「私的諮問機関」とは、中央省庁等に設けられる「行政運営上の会合」で、「懇談会」、「専門家会議」、「有識者会議」、「協力者会議」、「検討委員会」、「研究会」といった名称が使われる。

私的諮問機関の「私的」とは、委員個人個人の私的な意見を聴取し「行政運営上の参考に資するため」の諮問機関という意味である。
あくまで「参考意見」を聞くための会合であるから、結論や決定や出すことはできない。

これに対して、中央教育審議会中教審)のような審議会は、国家行政組織法第8条に基づき設置される公的な審議機関である。
当然、私的な参考意見を聞くにとどめる「教育再生実行会議」などの「私的諮問機関」よりも法令上の位置づけは上位で、政策決定への影響力が大きいはずである。

学習指導要領は、中教審文部科学大臣の「諮問」への回答書である「答申」を基に改訂される。
政府の教育振興基本計画も、中教審教育振興基本計画部会からの答申を基に作成される。

ところが、2013年6月の「第2期教育振興基本計画」に盛り込まれた「小学校における英語教育実施学年の早期化、指導時間増、教科化、指導体制の在り方等や、中学校における英語による英語授業の実施について、検討を開始し、逐次必要な見直しを行う」という方針は、2013年4月25日に提出された中教審教育振興基本計画部会からの「答申」には盛り込まれていなかったのである。

『学校英語教育は何のため?』ひつじ書房)でも指摘したのだが、この小学校英語の早期化・教科化などの方針が入ったのは、安倍首相の「私的諮問機関」である教育再生実行会議が5月28日に提出した前述の「これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)」である。

つまり、中教審が2年をかけた審議で盛り込まなかった重要方針を、私的機関の関係者が、たった1カ月程の間に「提言」に盛り込み、安倍内閣はそのまま6月14日に「第2期教育振興基本計画」として閣議決定してしまったのである。

もちろん、教育再生実行会議には英語教育の専門家はいない。
法令を無視した、信じられないような政策決定プロセスではないだろうか。

文部科学省が2013年12月13日に発表した「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」は、そうした「政治主導」(素人主導)の方針を追認し・具体化したものである。

そこには、以下のように書かれている。

○小学校3・4年生:(目標)英語を用いてコミュニケーションを図る楽しさを体験することで、コミュニケーション能力の素地を養う。活動型で、学級担任を中心に週1~2コマ程度。

○小学校5・6年生:(目標)読むことや書くことも含めた初歩的な英語の運用能力を養う。教科型で、学級担任に加えて専科教員を積極的に活用し週3コマ程度。

ここでも、政治の暴走。

教育政策は、こんなことでよいのだろうか。

(つづく)