希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(7)山崎貞『新々和文英訳研究』(1925)

山貞の英作文参考書は、戦後なぜ消えたのか

○ 山崎貞『新々和文英訳研究』研究社、1925(大正14)年5月10日発行。
 発音略説6頁+本編348頁+語彙一覧78頁=432頁

イメージ 1 イメージ 2

山貞(やまてい)といえば『新々英文解釈研究』(1925)が浮かぶが、本書『新々和文英訳研究』はその姉妹編。
1917(大正6)年に刊行した『和文英訳研究』を全面改訂し、最新の入試問題を加えている。

山崎貞や『新々英文解釈研究』については、→過去ログを参照されたい。

目次は以下の通り。
「公式編」「例題編」「解答編」から構成されている。

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

さて、本書の「はしがき」で、山貞は和文英訳における「学生の通弊」として以下の3点を挙げている。

(1)単語を知らない。
(2)文法を英作文に応用することを知らない。
(3)どんな構文によるべきかを考えずに漫然と書いてしまう。

これらの通弊に対応すべく、(1)の語彙不足については78頁にわたるジャンル別の詳細な語彙一覧(A Classified Vocabulary)を載せている。

イメージ 6

(2)(3)の通弊に対しては、重要な構文を101個の「公式」として提示している。
この手法は、『公式応用 英文解釈研究』(1912)で山貞が実践したものと同じだ。

イメージ 7

イメージ 8

こうして、一通り「公式」をマスターした後に「例題編」へと進む。
例題は「学事」「図書」「人事」「軍事」など20のテーマ別に、各50ずつ、合計1000題が載せられている。そのほとんどが入試問題で、出題年と学校名を明記して受験生の心理をバッチリつかんでいる。

難しそうな表現に対しては、脚註の形式で豊富な英訳例が与えられている。

イメージ 9

イメージ 10

巻頭には8頁にわたる「発音略説」が載せられている。これは、この時期の『新々英文解釈研究』(1925)に載せられたものと同じだ。

背景には、1924(大正13)年に高等学校の入試問題にアクセント記号を付ける問題が出されるなど、1920年代に発音指導への関心が高まったことがある。

「解答編」には複数の模範解答が載せられ、註釈も親切だ。

イメージ 11

このように、山貞の『新々和文英訳研究』はたいへん親切な作りになっており、彼の英文解釈書と同様に、受験生の支持を集めた。
手許の本は1942(昭和17)年10月20日発行で、第73版となっている。

なのに、戦後になると山貞の『新々和文英訳研究』は忽然と姿を消してしまう。
その代わりとして研究社から発売されたのが、近ごろ復刊された毛利可信の『新自修英作文』(1967)だ。

同じ山貞でも『新々英文解釈研究』の方は改訂を重ね、1990年代まで発行され続けたのに、どうしてだろう。

このブログに載せるために今回改めて『新々和文英訳研究』を読み直した。
そして、戦後に刊行するのは無理だとわかった。

その理由は、山崎貞が1930(昭和5)年に亡くなったこともあるが、何よりも日本の軍事や天皇に関する記述があまりに多いからだ。

その点で、英米の作家の文章を読み解く英文解釈とは根本的に異なる。
たとえば、以下のような例題(入試問題)が載っている(「例題編」の写真参照)。

「917. 天皇陛下には横須賀軍港に於ける新艦御親閲の為め土曜日午前同港へ行幸あらせられたり。」

「938. 東郷大将は日本海の一戦に露国の艦隊を全滅して其名を天下に轟かせり。」(明治39年・海軍機関学校出題)

「944. 日本人は水雷攻撃にかけては世界第一といふ事が出来る。」

これまで英語教育界では、「題材論」がもっぱらリーディング教材を中心に論じられてきた。
しかし、僕らは題材論の研究を「英作文」にまで拡張しなければならないのではないか。

そうしないと、日本の英語教育界が子どもたちに英作文教育を通じて、どんなイデオロギーを吹き込んできたか(いるか)を見過ごしてしまう。
人間教育としての英語科教育には致命的だ。

「発信型」の英作文(ライティング)こそ、自分や自国を能動的に表現する。
だからこそ、題材論にもっと注意を払いたいものだ。