希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(16)升本正爾『定型応用 活用英作文』(1954)

日英比較→公式・定型応用→英文構成法で実力養成

○ 升本正爾『定型応用 活用英作文』開隆堂、1954(昭和29)年7月1日初版
 4+459頁。
 
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升本正爾は1931(昭和6)年に九州帝国大学英文科を卒業し、旧制中学の教諭を経て高岡高等商業学校、山口高等学校、山口大学を経て、本書執筆時は愛媛大学教授だった。
これ以外に『英文解釈の原理と実際』(冨山房、1937)『定型応用 和文英訳の整理』(冨山房、1942)などの参考書を著している。

本書の特長は著者が「緒言」で次のように述べている。

1. 和文と英文の最も根本的な表現法の相違を比較研究して英作文の力を養うこと。
2. 文法事項を中心として所謂公式、定型を網羅し、その原理を理解すること。
3. Clauseを中心として和文の分析綜合を行い、英語の構成法を会得すること。

この三つの原則を、それぞれ第一篇、第二篇、第三篇で実地に移している。

目次からも明らかなように、たいへん体系的で、親切な構成である。

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第一篇「和文の取り扱い方」では日英比較に焦点を当て、まず、日本語ではしばしば省略する「主語の補充」について4頁にわたって詳述している。
その上で、第二節「主語の定型」で英語らしい主語(No One…など)へと進む。
素晴らしい流れである。

文科省の新学習指導要領では、高校の授業は「英語で行うことを基本とする」とした。
何度でも言うが、愚かな誤りだ。

高校生段階こそ、こうした日英比較を通じて、母語の再認識と言葉の多様性に気づかせるべきである。
升本のこの「日英比較」のサンプルは、高校の授業をいかに英語だけでやってはいけないかを端的に示している。

第二篇「和文英訳の重要形式」は、文法を基礎とした「公式」の応用練習で、日本の英語参考書に明治から流れている方式だ。

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ちなみに、僕が知る限り、初めて「公式」を冠した参考書は、1903(明治36)年7月に出た高野巽『英文和訳公式』(小川尚栄堂)である。
山崎貞の名著『公式応用 英文解釈研究』(1912)の9年前だ。

第三篇は、仕上げの「和文の分析と綜合」だ。
名詞節、形容詞節、副詞節に分けて、英文の構成法を論じている。
その要旨は次の通りである。

「先ず与えられた和文を再三熟読玩味して、之を適当な短文に分析する。次にこれ等の短文の主従関係を見極めて、名詞節、形容詞節、副詞節などを区別し、主文と適当に結合して完全なる文に綜合する。この場合に原文の言換え、敷衍、省略などのテクニークを用いなければならないことは勿論である。
 かくして与えられた和文を大胆に、自由に、しかし誠実に英文に移す工夫を会得したならば英作文に必要な基本的な実力は養われたと考えねばなるまい。」(323頁)

「分析と綜合」「大胆に、自由に、しかし誠実に」
こうした弁証法的なプロセスこそ、英作文、いや一般に外国語習得のダイナミズムかもしれない。

この「分析と綜合」の見事な記述例を以下に見てみよう。

「何という文学者が昨年ノーベル賞を得たか知っているか。」と、
「何という文学者が昨年ノーベル賞を得たと思うか。」

の違いについての記述である。

「そうか、こんな風に説明すればよかったのか!」と、僕は思わず膝を打ってしまった。

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巻末の「項目索引」も親切だ。単なる語句の索引ではなく、記述内容が予測できる。

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僕は今まで升本正爾のことも、この『定型応用 活用英作文』(1954)のことも知らなかった。
僕が生まれる前に、こんな立派な参考書が出ていたとは。

感謝を込めて参考書の墓碑銘を刻んでいきたい。
あらためて、そう思った。