希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(18)西川正身・刈田元司『和文英訳の研究』(1954)

英米文学の用例を配置した確かな英語表現

西川正身・刈田元司『和文英訳の研究』北星堂、1954(昭和29)年8月15日初版
 2+2+272頁。写真は初版(墨のシミあり)

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西川正身(1904~1988)も刈田元司(1912~1997)も高名なアメリカ文学者。西川は1962年には東大アメリカ文学講座の初代教授を務めた。

本書は西川が編集した『和文英訳問題選』を「あたらしく整理しなおし、多くをおぎなってできたもの」である。

全体の構成は、第一部が文法項目別第二部がトピック別となっている。
30頁に及ぶ索引も親切だ(ただし日本語のみ)。

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この構成は、この「英作文参考書の歴史(11)」で紹介した松川昇太郎『実力完成 受験英作文法』(1949)の構成に似ている。しかも発行年も同じだ。

英作文参考書の内容は、大きく分けると、(1)文法中心(2)公式中心(3)トピック中心に別れるように思う。もちろん、それぞれの要素を組み合わせたものも多い。

その意味で、本書は(1)+(3)型だ。

第一部の冒頭を見ると、ごく簡単な文法解説に続いて例題が示され、〔註〕〔訳例〕〔参考〕からなる。

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一見平凡なように見えるが、非凡なのは最後の〔参考〕の記述だ。
該当する文法項目を含んだ英米の現代作家の文例が随所に挙げられている。

最初の例題「上野行列車は午後一時四十五分に弘前を出ます。」に対しては、Agatha ChristieThe Murder at the Linksから次の例文が採られ、和訳が付けられている。

“The train to Paris leaves at 2.25,” he observed, “I should be starting.”(「パリ行きの汽車は二時二十五分に出ます」と彼は言った。「私は出かけなくちゃ。」)

このスタイルは、トピック別の第二部でも変わらない。

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さすがは英米文学の二大大家による参考書だ。
前回紹介した山田和男と同様に、豊富な英書の読破を通じて、気に入った用例をデータベース化してきた賜物だろう。

本書の「はしがき」では、次のように述べている。

日本式英文でない真に英文になりきった英文を書くためには、どうしても英米の作家の書いた文章を模範として、つねづね練習していくことが大切であるから、ぜひ参考にして利用していただきたい。これに刺戟されて諸君もこうした習慣を身につけて下されば、われわれとしても嬉しいことに思う。」

これまた山田和男と同じ考えで、英文の精華と言うべき英米文学を丹念かつ広範囲に読み、そこで培った英語表現力を和文英訳(英作文)に活かすわけだ。

そうなると、英米文学が絶滅危惧種となった現在の高校教育では、「諸君もこうした習慣を身につけて」という西川らの希望は無謀なのだろうか。

学校の英語教育から英米文学が消えるということは、単に英米文学研究や読解力の衰退のみならず、英作文を含む英語力全般の衰退につながるのかもしれない。

山田や西川らの古い英作文参考書は、そんな問いかけをしているような気がする。