希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(15)佐々木高政『和文英訳の修業』(1952)

もうじき還暦を迎える定番参考書

○ 佐々木高政『和文英訳の修業』文建書房、1952(昭和27)年1月30日初版。

写真左は1957年6月30日発行の改訂新版(1961年3月1日の重版)で381頁。
写真右は1981年1月6日発行の四訂新版1刷(1988年2月25日の四訂新版47刷)で、13+396頁。サイズが少し大きくなり、ページ数が7%ほど増えている。
なお、二訂版は1957年、三訂版は1968年。

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写真のように、装丁もほとんど変わらないまま現在まで58年間も使われ続けている定番の英作文参考書だ。
還暦まであと2年。2004年の四訂新版77刷を見たことがあるから、売れ行きは落ちていない。
驚異と言うしかない。

文部科学省は、新学習指導要領(2009)で「リーディング」に加えて「ライティング」も廃止するという歴史的愚挙に出た。英作文の力は一段と落ちるだろう。
だからこそ、こうした参考書の需要が高まるに違いない。
愚かな政策から生徒の身を守るために、参考書のマス的需要はますます増す。

さて、四訂版は現在も手に入るので、ここでは改訂版(1957)を中心に紹介したい。

全体の構成は以下の通り。
予備編 諳誦用 和文英訳基本文例集
基礎編 1.主語 2.動詞 3.修飾語 4.翻訳
応用編 演習題

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本書の最大の特長は、佐々木が苦心して集めた例文を文法別に配列した「諳誦用 和文英訳基本文例集」(500題)である。

佐々木は「はしがき」で、「あちらの辞書、新聞雑誌、小説戯曲のたぐいから、それだけを切り離して読んでもどんな状況の下に言われているかの察しがつくようなもので、口に乗せて調子よく、一口に言えて覚え易く、屡々(しばしば)用いられて応用が利くといった種類の文例を長い月日をかけて集めて」作成したと述べている。

佐々木はこの基本文例には意を尽くしたようで、四訂版(1981)と比較すると、かなりの改訂がなされている。
まずは改訂版(1957)を見てみよう。

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次に四訂版(1981)。
多くの例文が入れ替えられ、註釈も詳しくなっている。

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この「諳誦用 和文英訳基本文例集」を絶賛する声は多い。
たとえば、東大名誉教授の行方昭夫(英文学)は、『英文快読術』(岩波同時代ライブラリー、現在は岩波現代文庫)で次のように述べている。

「私は大学1年生の時この本に出会い、熱心な友人たちと競争して500の例文を、まず英語から日本語へ、それから日本語から英語に口頭で言い、かつ正しく書けるように暗記した。正直に告白すると、これまで何回この時に暗記した例文のお世話になったか、とても数え切れない。教室で教えながら、難解な箇所の説明に分かりやすい例文が必要になり、黒板に書いているのは、きまって500題のどれかである。」(54頁)

同感。
僕もこの4月に大学院に入学する学生と、これから大学院入学を希望する学部生に、この500題の暗唱を課している。
これをやっておかないと、英語で書くことを義務づけている修士論文が悲惨な結果になるからだ。
*暗唱したかどうかは4月8日にテストします。愛の鞭ですよ。(^_^;)

基礎編では、英訳を2つ左右に対比させ、英語らしい表現(b)へと高めていく。
「解答を紙で隠して自分でも二通りの書き方を練習して見て頂きたい。そうすればコツは一遍にのみこめるであろう」としている。
この手法は見事だ。
(ただし、現行の四訂版では「以下の例によって二とおりの表現法を比較検討されたい」とそっけなくなっている。残念。)

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前回の連載で「佐々木高政は語り(ナラティヴ)の名手である」と書いたが、「翻訳について」などの語りは実に良い味を出している。

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英語の参考書で60歳の還暦を迎えられる本は数えるほどしかない。

いかに文科省が英作文を(というか、文法も読解も英作文も)軽視しようが、この和文英訳の修業』への需要は当分なくなりそうにない。

この本は、戦後の日本人の英作文力を支え、これからも還暦も喜寿も米寿も卒寿も迎えることのできる名著だから。