希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(19)渡辺秀雄『公式応用 和文英訳研究』(1954)

112の基本公式で和文英訳に習熟

○ 渡辺秀雄『公式応用 和文英訳研究』研究社出版、1954(昭和29)年12月1日発行
 14+264頁。

          写真は1962(昭和37)年3月20日発行の14版(刷)

イメージ 1 イメージ 2

前回、英作文参考書の内容を大きく分けると、(1)文法中心、(2)公式中心、(3)トピック中心に別れるようだと書いた。
渡辺のこの参考書は、その名の通り、(2)の公式中心主義に貫かれている。

著者の渡辺秀雄は、東京帝国大学英文科を卒業後、同盟通信社英文部に17年間務めた実務家。
戦後は運輸省参議院で国会渉外事務を担うなど、「満二十五年間和文英訳に従事して来た」という経歴の持ち主だ。

本書はそうした著者のキャリアを活かして書かれたもの。
「はしがき」では次のように述べている。

「著者は永い経験により、そこ〔= 和文英訳〕にはやはり共通の理論があり、一定の法則があって、これを上手に応用することが和文英訳の捷径であることを認識するようになった。この理論と法則を著者は和文英訳の基本公式と称している。この基本公式をよく理解し、正確に応用すれば、難業といわれる和文英訳も決して難業でないことを悟るようになった。これが本書の著作を計画した著者の動機である。」

さて、本書にはそうした基本公式が全部で112収められている。
公式の内容は次の「目次」から推測できよう。
ただ、この目次は日本語の表現をABC順に並べてあり、「索引」に近い。
公式一覧を付けてくれれば、もっとよかったのに。

イメージ 3

イメージ 4

本文では、まず〔公式〕が呈示される。

(1)「~する者は」「~する人は」
  He who (that)…単数  Ono who (that)…単数
  They who (that)…複数  Those who (that)…複数

続いて〔文例〕へと進む。
その文例は「古今大家の名文又は大学入学試験に出た問題を引用」してあり、味わい深い文章が多い。
最初の例文はゲーテの有名な言葉である。僕の好きな名句だ。

One who does not know a foreign language, does not know one’s own.
外国語を知らない者は自国語を知らぬ。

イメージ 5

次に〔構文研究〕が来る。
ここでは限定関係代名詞としてのwhoなどの用法が、豊富な例文とともに解説されている。
またも、例文は格調高い。

こうして、公式の単なる暗記ではなく、深い理解を得た後で、〔練習問題〕へ進む。
この英訳問題を解くために、最後に〔訳語案内〕が豊富に付けられている。親切だ。

イメージ 6

イメージ 7

このように、本書は冒頭で〔公式〕を呈示し、それを応用すれば和文英訳ができるようにしている。

魅力的なのは、〔公式〕の原理を文法的にしっかり説明しており、「なぜこんな公式になるか」が理論的に理解できるようになっていることだ。

混沌とした英作文の世界に、明快な「公式」を持ち込む。
あたかも数学の勉強法のようだ。
僕は、昔お世話になった矢野健太郎の『解法のテクニック』を想い出した。
あの手法に似ている。

ところで、英語学習の世界で「公式」を言いだしたのはいつごろだろうか。

英文解釈の世界では、山崎貞の『公式応用 英文解釈研究』(1912:大正元年)があまりに有名だ。(→過去ログ参照

そういえば、この本も同じ研究社(当時は英語研究社)から出ており、タイトルも渡辺の『公式応用 和文英訳研究』とそっくりだ。
ということは、英語に「公式」を導入したのは研究社なのだろうか。

しかし、調べてみたら「公式」の歴史はさらに遡ることがわかった。

あくまで僕が調べた限りだが、一番古いのは1903(明治36)年7月に発行された高野巽著『英文和訳公式』(小川尚栄堂)のようだ(写真は国会図書館近代デジタルライブラリーより)。

イメージ 8

ちなみに和文英訳」を冠した参考書としては、北畠浄著『和文英訳標準』が1887(明治20)年10月に出ている。

「公式」さえ覚えれば、「鬼に金棒だ」と学習者に自信を与える。

「公式」は魔力に満ちた言葉なのだ。