希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

新著『受験英語と日本人』(研究社)の概要(その1)

3月25日に発売予定の新著『受験英語と日本人:入試問題と参考書からみる英語学習史』(研究社、本体2,200円)の概要をご紹介します。

実は、これらの文章は各章の末尾に付ける予定だったのですが、ページ数が増えすぎたのでカットしたのです。こうして陽の目を見ることができて嬉しいです。

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プロローグ 受験英語の巨星・伊藤和夫

『新英文解釈体系』(1964)年から『予備校の英語』(1997)に至る予備校講師・伊藤和夫(1927~1997)の軌跡を豊富なエピソードとともに紹介し、伊藤の業績に体現された戦後の受験英語の変化と問題点を考える。横浜・山手英学院時代の貴重な写真も収録。

第1章 受験英語の誕生(1873~1918)

 明治前期の高等教育機関はどの教科も主に外国人教師によって教えられていたため、入試では実用的な英語の運用力も問われた。また、受験者の学力レベルによって入学先を振り分ける学力評価試験だった。中学校が未整備だったため、地方から上京して予備校経由で受験する者が多く、通信教育で専検などの資格試験を突破して立身出世を夢みる若者も少なくなかった。

 明治中期に高等教育が日本人教師によって担われるようになると、アカデミックで難解な英文の和訳が入試の中心となった。これに対応して、受験参考書は「過去問集」から「難問・難句集」へと進化していった。しかし、こうした難問・難句中心の入試問題に対する批判がわき起こり、同時に「難問・難句集」に依存した受験生の英語力低下を指摘する意見も相次いだ。

 こうして明治末期(1910年ごろ)からは入試問題の改善が追求された。また、この時期には受験競争が激化して深刻な社会問題となった。そのため入試制度が次々に改変されたが、抜本的な解決には至らなかった。激化する受験競争によって、受験参考書は著しく進化していく。

第2章 英語受験参考書の進化(1900~1910年代)

 「過去問集」として登場した英語の受験参考書は、明治20年代(1890年代)の「難問・難句集」を経て、明治30年代(1900年代)には英文解釈法へと発展した。日本人が苦手とする熟語・成句・構文などが体系的に分類され、公式化していったのである。それが南日恒太郎の『難問分類 英文詳解』(1903)や山崎貞の『公式応用 英文解釈研究』(1912)などの一連の参考書だった。これらによって受験英語の学習効率は大いに高まったのである。

 しかし一方で、受験生は「試験に出る」難解な熟語や公式の断片的・機械的な暗記に走り、英文本来の豊かな内容を味わう態度が薄れていった。試験に突破するための「受験英語」それ自体が目的化してしまったのである。南日恒太郎はその現象に危機感をいだき、『英文藻塩草(もしおぐさ)』(1916)や『英詩藻塩草』(1916)で受験英語の弊害を是正しようとした。

 英文解釈のみならず、添削や日英比較の知見を取り入れた和文英訳書、日本人が苦手とする項目や入試問題に目配りした英文法書、カード式の単語集などの多様な教材が生み出され、1900~1910年代には参考書の水準が著しく向上した。

 だが、その後も受験競争はさらに激しさを増す。次の第3章では、そうした受験競争の過熱と拡大の過程をたどりながら、英語参考書と英語学習の新たな展開を見ていきたい。

第3章 受験英語の過熱と拡大(1919~1936)

 受験地獄を解消すべく、政府は1919(大正8)年から高等教育機関の大幅な増設を開始した。しかし、第一次大戦を契機として資本主義的な発展を飛躍させた産業界は、「学校出」を多く採用するようになった。それが若者の向学心をさらに煽ったために、受験競争が緩和されることはなかった。入試を課す大学も増え、受験英語が大学入試にまで拡張されると、「古谷メソッド」などの高校生向けの受験指導法が登場した。

 受験人口が拡大する下で、大正期からは『受験英語』(1916・1924)、『受験と学生』(1918)、『受験研究』(1927)などの受験専門誌も数多く発行され、通信添削を含む通信教育も発展した。

 1920年代には、受験生の増加と質的な多様化によって、「小野圭シリーズ」に代表されるような平易で親切な内容の参考書が歓迎されるようになった。また、アクセントなどを問う音声問題が高校入試に導入されるようになり、そうした新傾向が参考書にも反映された。続く1930年代には、語彙の使用頻度研究の成果に基づく科学的な手法を取り入れた単語集や英文解釈法の参考書も登場した。

 こうして、受験英語は加熱と拡大を続けていく。しかし、やがてそこに戦争の暗い影が落とされるようになる。次章では、日中戦争から太平洋戦争へと続く戦時体制下の受験英語を見ていこう。

(つづく)