希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

新学習指導要領にどう対処するか(1)

お盆入りの8月13日、大阪大学中之島センターで、大阪大学大学院言語文化研究科主催の公開講座「教員のための英語リフレッシュ講座」があり、僕は「新学習指導要領にどう対処するか」と題して講演しました。(お盆でも働いているのですよ・・・)

9日から4日間におよぶ連続講座はたいへん好評で、定員80名の募集が1週間で埋まってしまい、会場に入れる限度の86人が熱心に聴講されました。

近畿圏を中心に、九州、中国、四国、中部、北陸、東海を含む遠隔地域からの参加者もおられ、校種も小・中・高・特別支援学校・大学など多彩でした。

僕はトリを務めたのですが、驚いたのは参加者の熱心さと反応の良さ。
4日目・最終日の最終講義でしたので、みなさんお疲れだと予想していたのですが、まったく逆。

熱心にメモを取られ、笑い、怒り、拍手しと、大学生とはまったく違う(?)熱い反応でした。
質疑応答等では、協同学習についての質問が集中し、関心の高さに驚きました。

なかには、大修館『英語教育』7月号の僕の論文「英語教育に“なぜ”“どう”協同学習を導入するのか」を職場の全教員(約40人)に配って、協同学習の実施を呼びかけた中学校の先生がおられました。感動です。

話していて本当に楽しい講座で、こちらが「リフレッシュ」しました。

事前にお送りしたレジュメとは別に、当日はパワーポイントのスライドを用意しました。
講演後に数名の方が「ファイルがほしい」とUSBメモリーを持ってこられ、また「メールで送って下さい」と依頼されましたので、このブログでもスライドの1部をご紹介します。
(スライドは全部で55枚もありますし、一部は先の慶應シンポでお話ししたことと重複しますので、紹介はごく1部です。)

新学習指導要領にどう対処するか(8.13阪大講演)

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当日お話しした流れは、以下の通りです。

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まず、オーラル偏重下で著しく進行した中学・高校生の英語力低下と格差拡大の実態を報告しました。

この点については、拙著『英語教育のポリティクス:競争から協同へ』(三友社、2009)の第1章で詳述しましたし、7月の慶應シンポでもお話ししましたので、過去ログをご参照ください。

オーラル偏重路線の背景には、グローバル展開と多国籍化を進める巨大企業の利害があることを示し、特に経団連が2000年に発表したグローバル化時代の人材育成について」が、その後の教育政策に絶大な影響を及ぼしたことを述べました。

下の表からも明らかなように、文科省の「英語が使える日本人」育成構想(2002-07)は、経団連の方針の引き写しです。
この分野の研究では、ぜひ次の論文をお読みください。
 水野稚(2008)「経団連と『英語が使える』日本人」『英語教育』4月号、大修館書店

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しかし、経団連だけで英語教育政策は動くものではありません。
広範な国民の間に、「英語(教育)への国民的怨嗟」とでもいうべきルサンチマンがあり、財界や為政者は一部のマスコミを使って、それを巧みに利用しています。
このメディアコントロールポピュリズムを軽視してはなりません。

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以上を確認した上で、新学習指導要領の諸問題を考えてみましょう。

まずは小学校外国語活動です。

この問題については、大津由紀雄さん(慶應大)や僕も含めて、様々な批判が出ていますので、今回は「小学校英語教育の歴史から学ぶ」という視点に限定しました。

以下のスライドを見てください。
「全国小学校に英語科を新設 だがーー先生殻が英語を知らず といって英語教師を雇えば金が要る」
これは平成の新聞記事ではありません。
なんと、1884(明治17)年の『郵便報知』の記事です。
今と同じことが、126年も前に言われていたのです。

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明治末期には、今日の小学校英語をめぐる問題と同じ様々な問題が、ほぼ出そろっていました。

東京では小学校で英語指導を始めたが、発音やアクセントもひどいもので、後で矯正するのがたいへんだ。こんな英語教育なら止めてしまえ、といった「全廃論」が登場しています。
中等教員を配置することで、何とか凌いだのですが・・・

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英語教育界の重鎮だった岡倉由三郎も、もっぱら英語教員確保の視点から、小学校英語に反対していました。

小学校英語廃止論は、明治中期(1890年代)から繰り返し出されていました。

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当時の文部省は、全3巻の『小学校用文部省英語読本』(1908-10)とともに、丁寧な教師用指導書を刊行していました。現在の『英語ノート』よりは格段にレベルが高い内容です。

発音や会話の重視なども今日の小学校英語と変わりません。

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児童に英語を楽しく学んでもらうために、「英語カルタ」「英語の歌」「ラジオ幼年英語講座」「英語レコード」など、様々な工夫がこらされました。

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平成の今、まともな英語教員研修もせず、新指導要領は外国語活動の「必修化」を決めてしまい、来年から完全実施されます。

昨日の阪大シンポでも、小学校の先生から深刻な不安が表明されました。
歴史から学ばないから、同じ誤りを繰り返すのです。

だから、僕らは歴史から学び、同じ誤りを繰り返さないようにしましょう。
子どもたちを犠牲にしないために。

小学校英語教育の歴史については以下の拙著をご覧ください(宣伝ばかりでごめんなさい)。
 『日本人は英語をどう学んできたか』(研究社、2008)
 『近代日本の英語科教育史』東信堂、2006)

次回は中学校、高校の新指導要領を考察しましょう。

(つづく)