希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

文豪モームはスパイだった

英国の文豪サマセット・モーム(1874~1965)は英国諜報機関MI6のスパイだった。
そんな事実を盛り込んだMI6の正史がイギリスで出版された。

朝日新聞9月24日付の記事によると、810ページの正史をまとめたのはクイーンズ大学ベルファスト)のキース・ジェフリー教授(歴史学)。極秘文書の特別閲覧を許されたという。

その中で、モームや、映画「第三の男」の原作者グレアム・グリーン、児童作家のアーサー・ランサムらもMI6に所属していたという。
さすがは007のジェームス・ボンドの国だ。

さて、モームといえば、日本では戦後の英語教科書や大学入試の定番だった。
特に1960~70年代には、バートランド・ラッセルオルダス・ハクスレー、ロバート・リンドなどとならんで大人気だったのだ。

原仙作の『英文標準問題精講』(旺文社、1962年改訂版)によれば、当時の大学入試の出典としては、ラッセル(15校)に次いでモーム(12校)が2位となっている。
ちなみに、3位はハックスレー(10校)、4位がリンド(8校)だ。
当時はいかに高度で知的な英文が出ていたかがわかる。

モームは1959年に来日し、大歓迎を受けた。
その後、荒牧鉄雄編『モーム慣用句辞典』(大学書林、1966)や納谷友一・榎本常弥著『モームの例文中心 英文法詳解』(日栄社、1970)などのユニークな本が出た。

後者は受験参考書で、中学用教科書New Prince Readers(開隆堂)の著者としても有名な納谷友一が10年にわたって集めたモームの用例カードから例文を集めたものである。

モームの作品は英文解釈問題のみならず、英作文でも頻繁に出題された。
1957(昭和32)年度の問題をみると、東京医科歯科大学に出た「自分が有名人を知っているぞと他人に話して、自分を偉く見せようというのは、つまり、自分自身が下らぬ人間だという事を証明するにすぎない。」は、モームThe Summing Up(1935)から採られている。
ちなみに、この問題は1955(昭和30)年度のお茶の水女子大に出た英文和訳問題と同じである。
僕もこの英文を訳した記憶がある。

また、名古屋大学に出た「正直に言って、僕は初めて彼を知った時、彼が常人と異なった人間だなどという印象は少しも受けなかった。だが、今日では彼の偉大さを否定する人間はおそらくあるまい。」は、モームThe Moon and Sixpence(1919)の書き出しをアレンジしたものである。

いま読むと、「常人と異なった人間」とは、英国諜報機関MI6のスパイだったモーム自身かと思えてくる。
後半の「彼の偉大さを否定する人間はおそらくあるまい」も自分に言い聞かせながら書いたのかな。
このころモームは対ロシア工作で必死だったようだし。

それにしても、名文家のモームの英文から英作文問題を作るというのは考えたものだ。
最初に模範解答があるわけだから。
(それに、翻訳臭い日本語だから、受験生には構文が浮かびやすいだろう。)

英文から英作文問題を作る。そんな大学教員たちの気持ちは、出題を担当した人ならば痛いほどわかるだろう。
入試問題は100%完璧で当たりまえ。単語1個でも間違えれば「許せん!」とばかりに激しいバッシングにさらされる。
私も入試委員長を経験して、ずいぶん辛さを味わった。

みなさん、受験勉強のときには、
To err is human, to forgive divine. (過ちを犯すは人の常、これを許すのは神の心)
というPopeのありがたい言葉を習ったはずなのに、すぐ忘れる。

だから、現実にはこんな感じかな。
To forget is human, to forgive divine. (忘れるのは人の常、これを許すのは神の心)

頭韻を踏んでるでしょう。(^_^;)