連載3回目も依頼を受けた本にしました。
今年の3月30日に、慶應大の大津由紀雄さんから要旨以下のようなお尋ねがありました。
(新学期準備と大震災でバタバタしているうちに、お返事が9月になってしまいました。ごめんなさい。でも、ギリギリ9.10慶應大「学習英文法」シンポには間に合います・・・)
(新学期準備と大震災でバタバタしているうちに、お返事が9月になってしまいました。ごめんなさい。でも、ギリギリ9.10慶應大「学習英文法」シンポには間に合います・・・)
おたずねしたいことがあります。師匠だからというわけではないのですが、太田朗の『英文法・英作文』が出てきません。わたくしに英語学・言語学の基礎を叩き込んでくれた梶田優先生のことば(彼自身も太田先生の弟子)を借りると、この本は受験前に読むと入試に落ち、入学後に読むと力がつくということなのですが、わたくしとしては受験参考書としても悪くないと思っています。江利川さんの評価は?
「この本は受験前に読むと入試に落ち、入学後に読むと力がつく」
いやあ、うまいことを言うなあ!
いやあ、うまいことを言うなあ!
はい。僕もそう思います。
(以下は調子のために論文体に。)
(以下は調子のために論文体に。)
太田朗著『英文法・英作文ー整理と拡充ー』は研究社出版から1956(昭和31)年4月25日に発行された。僕が生まれた約2カ月後。手もとの本は1958(昭和33)年12月20日発行の8版(刷)。
このとき太田はまだ30代末、東京教育大学の助教授だった。
このとき太田はまだ30代末、東京教育大学の助教授だった。
さて、『英文法・英作文ー整理と拡充ー』の主旨は、本の表紙に書かれた次の言葉に示されている。
「文法はいわば骨格であり、作文は血肉であって、両者相まって生きた英語になる。文法だけをやることは血のかよわない骨組みだけに終わることになり、作文だけをやると断片的な知識の寄せ集めで、組織的にならないうらみがある。本書は両者を有機的に結合させて、生きた英語の知識を得られるようにした。これは文法・作文を別々にやるより遙かに経済的である。」
この「作文」を「作文・会話」ないし「コミュニケーション活動」と拡張すれば、半世紀以上を経た今日でもそのまま通じる。
新しい学習指導要領で、文部科学省はようやく文法指導の位置づけを明確にした。そこには以下のようにある。
(中学・高校とも)「文法については、コミュニケーションを支えるものであることを踏まえ、言語活動と効果的に関連付けて指導すること」
「用語や用法の区別などの指導が中心とならないよう配慮し,実際に活用できるように指導すること」
「用語や用法の区別などの指導が中心とならないよう配慮し,実際に活用できるように指導すること」
当たり前である。
そんなことは岡倉由三郎がちょうど100年前に出た『英語教育』(1911) で述べており、上記のように太田朗が半世紀以上前に述べている。
そんなことは岡倉由三郎がちょうど100年前に出た『英語教育』(1911) で述べており、上記のように太田朗が半世紀以上前に述べている。
もっと言えば、英文法を英文解釈や英作文などと結びつけて指導し、英語の実際的な運用力を付けることを主張した検定教科書も参考書も戦前からたくさんある。
たとえば、参考書で有名なものでは、メドレー・村井知至『三位一体 綜合英語の新研究』(1937)がある。英文法・英文解釈・英作文を一体化させた画期的参考書だ(拙著『受験英語と日本人』第6章参照)。
古いのもでは、立川長宏著『英作文練習応用英文法』(1919)、岡田実麿・神戸栄共著『自修英文法作文教本 初級用』(1935)などがある。
検定教科書の例では、東京高等師範学校の青木常雄?i>Aoki's Grammar and Composition(全3巻、1929検定)を出している。
青木常雄は太田朗の東京高師時代(1935-39)における師匠だ。
青木常雄は太田朗の東京高師時代(1935-39)における師匠だ。
本書『英文法・英作文ー整理と拡充ー』は、以上の流れの中に位置づけなければならない。
さて、本書の本文は豊富な練習問題を含めても241頁。その後に「解答」「事項索引」「語句索引」が付いて全312頁。小ぶりな本だ。
ただし内容は豊富で、ツボを得た簡潔な文章でテキパキと展開されていくから、中身の濃さは500頁以上の本に匹敵しよう。
「はしがき」は以下の通り。
「大体高校二年生程度の普通の学力の学生を目標にして書いた」とある。
特徴は、以下の4点。
「大体高校二年生程度の普通の学力の学生を目標にして書いた」とある。
特徴は、以下の4点。
(1)文法、作文を有機的に結びつけたこと。
(2)習得段階を設けたこと。
(3)客観テストの色々な型の問題を広汎にとり入れたこと。〔この頃に流行した。〕
(4)作文の標準的な問題を入れたこと。〔「生活各方面の標準的語句が運用出来るように」とある。〕
(2)習得段階を設けたこと。
(3)客観テストの色々な型の問題を広汎にとり入れたこと。〔この頃に流行した。〕
(4)作文の標準的な問題を入れたこと。〔「生活各方面の標準的語句が運用出来るように」とある。〕
目次は13頁に及ぶ詳細なもの。構成と頁は以下の通り。
1. 文の種類 1
2. 動詞 12
3. 名詞 131
4. 代名詞 144
5. 冠詞と決定詞 169
6. 形容詞 178
7.形容詞の型と名詞の型 193
8. 副詞及び副詞句 203
9. 前置詞 215
10. 接続詞と節 224
11. 時制の一致と話法 234
解答 索引
2. 動詞 12
3. 名詞 131
4. 代名詞 144
5. 冠詞と決定詞 169
6. 形容詞 178
7.形容詞の型と名詞の型 193
8. 副詞及び副詞句 203
9. 前置詞 215
10. 接続詞と節 224
11. 時制の一致と話法 234
解答 索引
このように、「動詞」に120頁を割き、本文全体の実に半分を占めている。
ここに、本書の大きな特徴がある。
ここに、本書の大きな特徴がある。
しかし、前述の岡倉由三郎は『英語教育』(1911)で次のように述べている。
「英語を学び始めるに当たり、まず知るべき大切の事柄は、文章の要素たる単語の活用変化等より、むしろ単語の位置の観念である。(中略)文章論〔統語論〕を先にし、その大要に通じてから、徐々に品詞論に入るという進み方を取るべきである。」(187-188頁)
実に先駆的な意見である。
その後の、と言っても主に戦後の1970年代以降だろうが、日本の英文法書は「文章論〔統語論〕を先にし、その大要に通じてから、徐々に品詞論に入るという進み方を取る」という流れが主流になったようである。
その後の、と言っても主に戦後の1970年代以降だろうが、日本の英文法書は「文章論〔統語論〕を先にし、その大要に通じてから、徐々に品詞論に入るという進み方を取る」という流れが主流になったようである。
その点で、太田の『英文法・英作文ー整理と拡充ー』は文章論〔統語論〕を先に展開し、文構成の要となる動詞について徹底的に分類・解説し、それから名詞に始まる品詞論を展開している。
この点でも、本書は明治期・岡倉由三郎以来の東京高師ー東京文理大ー東京教育大の学統の上に築かれた快著だと言えよう。
目次の最初の部分を紹介しよう。
緻密かつ体系的だ。
動詞が「特殊動詞」(助動詞)から入っているのが面白い。
本書が「高2レベル」以上の読者を設定しているので、初歩的な点は大幅に割愛している。
動詞の最初の部分の書き方を見てみよう。
文章に無駄がなく、簡潔にツボを押さえている。
どうかじっくり読んでほしい。
文章に無駄がなく、簡潔にツボを押さえている。
どうかじっくり読んでほしい。
全部を紹介できないのは何とも惜しい。
前述の『私の遍歴』の中で、久保田美昭氏が次のように述べている。言い得て妙だと思う。
「太田さんの文章は精密な文章で、決して難解ではない。従って、一行一行理解を積み重ねて読み進めれば、登山に似て、最後の到達の喜びが来るに違いない。」(530頁)
冒頭で「この本は受験前に読むと入試に落ち、入学後に読むと力がつく」という言葉を紹介したが、その理由がおわかりかと思う。
可能性は3つある。
可能性は3つある。
1. 受験前には手っ取り早く点が取れる参考書が好まれるもの。
その点で、高い山に向かって「一行一行理解を積み重ねて読み進めれば」というじっくり型の参考書は、大学入学後にこそふさわしいのではないか。
その点で、高い山に向かって「一行一行理解を積み重ねて読み進めれば」というじっくり型の参考書は、大学入学後にこそふさわしいのではないか。
2. 受験前に本書のような本にハマッてしまうような英語好きは、数学や世界史に割く時間を惜しんで、こんな英語の本ばかり読んでしまうのだろう。すると入試に落ちる(特に国立大)。
3. 最後のタイプは、エスカレーター校に在籍できた恵まれた人たちで、高校生なのに受験勉強ではなく、学問的に英語参考書を味わえるタイプの人。こんなタイプには「参考書としても悪くない」となる。
大津さんは「3」でしょうね。(^_^