希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

明治期の小学校英語教授法研究(9)

枩田與惣之助(まつだよそのすけ)の『英語教授法綱要』(1909:明治42年)の復刻と考察。
久しぶりの第9回です。

小学校における英語教授法を検討しています。。
枩田の考察の特徴は、内外(特にヨーロッパ)の外国語教授法理論を実に広範に検討していることです。
今回は太字の部分です。

第五章 英語教授の方法
  第一節 欧米に於ける近世外国語教授の諸方法
   第一 読書法
   第二 文法法
   第三 テキスト中心法
   第四 暗誦法
   第五 グアン法
   第六 ベルリッツ法
   第七 エナ学校法
   第八 発音法
   第九 革新派
  第二節 本邦に於ける外国語教授の略史
    読書法時代―文法法時代―新式時代
  第三節 英語科各分科の教授
  第四節 英語教授法

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  第五、グアン法

此法は仏人グアン氏の創始せるものにして、氏は一八八〇年に其著 The Art of Teaching and Studying Languages を公にしたり、此法は或外国語中の最も普通なる語を簡単なる文章の形に於て彙類〔= 分類〕し、こを或る群に分ち、各群の語を共通の主格に結合せしむ、

而して一群が一課をなし各課集りて一節をなし、数節桐合して一章を作る、かくの如く一のseriesをなすを以て此をThe Series Methodと称す、蓋し観念連合及心的現象の原理の上に立ちたるものにして、今日に於ても尚多く用ゐられつゝあるものなり、

今此方法の実際を見るに、教師は各課を先づ口頭にて授け次に書につきて読ましめ又は板書して読ましむ、新語を教授するや教師は生徒をして眼を閉ぢて其の語の内容につきての心象を喚起せしめて以て幾多の語句の連結を鞏固(きょうこ)にし以て一か喚起せらるゝときは直に他が連絡して生起する様ならしむるものなり、

然れども此法にも実物絵画を使用するにあらず、教授中には自国語を用ゐるを妨げず、話は多く教師之を行ひ、生徒は不断に之を繰返し又教師の問に答ふ、而して一課を終れば□〔1語判読不能〕に作文の教授を行ひ、文法教授の如きも早くより之を行ふ、然れども爾余の練習と結合せんことを力む、連続的の文章に至ては之を単語集の終れる後に行ふ。

(一)此法の利
   動詞に重を置き文法上の仕組に巧なること
   心理的原理に立てること

(二)此法の不利
   組織の精密に過ぎ活用の途乏しきこと
   連環語中の或物は教授に不適当なること
   全く想像によらんとし実物絵画等を棄てたること。

  第六、ベルリッツ法

一八七八年独乙生れの米人Berlitz氏の創始にかゝり、欧米諸国に所謂Berlitz Schoolなるもの存在す、

此法には特別なる教科書を用ふ、而して吾人は此教科書を手にするを得れども其か教授の実際は之を知ること難し、何となればそは秘密に附しあればなり、然れども独乙(ドイツ)の本□〔1字空き:『英語教授法集成』では「本営」〕に於ては教師に限り無料来観を許さる、
此校は何れの級も生徒数は八名を超へず、

此式は其主義及実行の点に於て多くReform Mrthodと類似す、然れども其特に異るは真の入門する生徒に毫も母国語を用ゐしめざるの点となす、而して教師は教へんとする外国語を用ゐて身振其他の方法を以て教授す、

(一)此法の利
   口耳の練習十分なること、
   意味を直覚し得ること、

(二)此法の不利
   時間の浪費、
   無用の混雑、
   言語文章の精密なる意味に対して暫時霧中に在り、
   文法上の活用を誤る

  第七、エナ学校法

全然母国語を用ゐしめざる点に於てベ式に似たり、故に巧なる教師によるも多少の時間の浪費と、生徒か所要の単語、文書つきての意味の把束の漠然たること等を免るべからず、

然れども不断に強制的に外国語を理解し、外国語にて答へしめらるゝことは生徒の興味を激励す、此方法には絵画、地図等を用ゐ身振並に実地踏査等を生徒に行はしめ、又実生活の状況並に歴史等の説明を丁寧にし、其教授の順席は自然法による。

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【解 説】

今回は3つの教授法を紹介しましたが、特に「グアン式」と「ベルリッツ式」はともにNatural Methodと呼ばれ、日本でもさかんに紹介されました。後者は現在でも英会話学校を世界各地に展開しています。

グアンの弟子でありフランス語原典を英訳した英人ハワード・スワン(東京高等商業学校英語教師)は1901(明治34)年に来日し、翌年の文部省夏期講習会でグアン・メソッドを紹介しました。

日本の英語教育界がこの講演をどれほど歓迎したかは、下の『中外英字新聞』(1902.8.30)の記事からも明らかです。

「文部省の夏期講習会は有名なスワン教授の担当にて、その得意の英語教授法を講演することなれば、開会前より一段英学者の視線を惹き、講習員の多き無慮百十名に及び講師の熱心なる、その講演の斬新なる、けだし夏期講習会として空前の成功を収めたるが如し。新知識新観念を吹き込まれたる講習員はこれより各々自家の意見経験に照らして取捨斟酌して別に我国中等教育に適切なる新教授法を案出し実行するなるべし。」

文法訳読式が根強かった当時の日本の英語教育界に与えた衝撃は大きかったようです。
ただ、いつもそうですが、影響という点では長続きしませんでした。

10代に達した生徒たちに、母語を使わず、「赤ちゃんのように無心に覚えなさい」というのは無理だからです。

高橋五郎などは『英語最新教習法』(1903)で「グアン式は愚案式なり」と痛烈に批判しました。

(つづく)