希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

嘘だらけの新聞記事「授業はすべて英語で行うこと」!?

伊藤和夫の『新英文解釈体系』について書きたいのだが、なかなかそうはさせてもらえない。
新年早々に学会発表を頼まれ、授業が始まって猛烈に忙しくなったためだけではない。

どうしても反論し、修正しておかないと危険な新聞記事に出くわしたからだ。
たまたま「大阪女学院大学 教育ニュース」を見ていたら、以下の記事が引用されていた。

記事の掲載から1カ月以上たってしまったが、許せない。
事実をねじまげた、悪質な英語教師バッシングである。

図書館で新聞そのものも調べた。見出し等が少し違うので、新聞に従った。強調は私のもの。

2010年12月4日の「毎日新聞」夕刊の記事で、以下の通り。

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「英会話限定授業」2割   13年度に必修 高校、実施に危機感

 2013年度から授業中の会話を英語だけに限定することが決まっている高校の教科「オーラルコミュニケーション(OC)」を、10年度に大筋で実施している高校が19.6%(速報値)にとどまっていることが、文部科学省の調査で分かった。07年度の前回調査20.7%を下回る数値で、文科省は約2年後に迫った「英語限定授業」の実施に向けて危機感を強めている。

 OCは、英語の文法が理解できても会話が苦手とされる日本の学生のコミュニケーション能力を培うために1994年度から高校で導入。09年の改定学習指導要領では、更に英会話能力を高めることを目的に「13年度からOCを必須単位とし、授業はすべて英語で行うこと」と明記された。

文科省が全国約3600校の公立高校を対象に実施したOCについての調査(国際関係の学科以外)では、07年度の授業を「大半は英語で行った」が20.7%、「半分以上は英語で行った」が33.9%だったが、学習要領改定後の10年度の速報値では19.6%と32.8%となり、いずれも前回調査を下回る見込みとなった。

また、OCを担当できる英語力として文科省が設定した「英語検定準1級もしくはTOEIC730点以上など」の資格を持っている教員も、08年度の50.6%から10年度は48.9%に落ち込んだ。文科省はOC英語化を視野に08年、都道府県教育委員会に「英語教諭の採用試験では英検などの成績も考慮すること」との通知を出したが、義務化しなかったこともあり、有資格者が増加する兆しは見えていない。【篠原成行】

【追記】
以上は大阪本社版の記事だが、iさんのコメントにあるように、東京本社版では最後に文科省のコメントが載っている。

文科省国際教育課は「13年度からのOC英語化の導入を危惧する声はあるが、学習指導要領は守らなければならない。モデル授業などを通じて英語化と英語教諭の能力向上を進めるよう各教委に要望するしかない」としている。」

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近年、英語教育をめぐるひどい記事をよく目にしてきたが、この記事は内容の不正確さで群を抜いている。
以前から、こんな記事が出なければよいがと危惧していたが、やはり出てしまった。
原因は記者のせいだけではなく、誤解を与える方針を出した文部科学省にもあるだろう。

英語教員養成に携わるものとして看過できないので、以下に反論し、正確な情報を提供する。

1. 記事の中の、以下の言葉はすべて嘘である。

 「授業中の会話を英語だけに限定することが決まっている」
 「英語限定授業」
 「13年度からOCを必須単位とし、授業はすべて英語で行うこと」
 「OCを担当できる英語力として文科省が設定した『英語検定準1級もしくはTOEIC730点以上など』の資格」

2. 2009年3月に告示された文部科学省の「高等学校学習指導要領 外国語編」および2010年5月に出版された文部科学省の『高校学習指導要領解説外国語・英語編』では、正しくは以下のように書かれている。

指導要領第3款「英語に関する各科目に共通する内容等」
「授業を実際のコミュニケーションの場面とするため,授業は英語で行うことを基本とする。」

つまり、「授業は英語で行うことを基本とする」であって、記事が言うように「授業はすべて英語で行うこと」などとはどこにも書いていない。

しかし、指導要領は「すべて英語で行う」と解釈できないか?

こうした疑問に答えるために文科省は「指導要領解説」を出版したのである。
そこには次のように書いてある。

「文法の説明などは日本語を交えて行うことも考えられる。」
「授業のすべてを必ず英語で行わなければならないと言うことを意味するものではない。英語による言語活動を行うことが授業の中心となっていれば、必要に応じて、日本語を交えて授業を行うことも考えられる」 (50頁)*強調は江利川。

記事では、あたかも学習指導要領の引用のようにカギ括弧で「授業はすべて英語で行うこと」と書いているが、事実無根であり、悪質である。

3. 「13年度からOCを必須単位とし」というのも嘘だ。
 必修となるのは「コミュニケーション英語Ⅰ」。基本的な調査不足であろう。

4.  「OCを担当できる英語力として文科省が設定した『英語検定準1級もしくはTOEIC730点以上など』の資格」というのは危険きわまりない嘘だ。

前提として、教員の教える資格は「教員免許状」であって、学校教育の目的とは違う実用英検やTOEICなどではない。

文科省経団連の方針を受けて、英語教員に「英語検定準1級もしくはTOEIC730点以上」などを求め始めたのは、2002年の「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」および翌年からの「同行動計画」からだ。

「行動計画」には「概ね全ての英語教員が、英語を使用する活動を積み重ねながらコミュニケーション能力の育成を図る授業を行うことのできる英語力(英検準一級、TOEFL550 点、TOEIC730 点程度以上)及び教授力を備える」とある。
しかし、これは「英語教員の指導力向上及び指導体制の充実」のための「目標」(努力目標)であって、こうしたスコアの保持が「OCを担当できる・・・資格」だとは一言も書いてない。

このように、この記者は指導要領も、指導要領解説も読まずにこの記事を書いたとしか思えない。
あるいは、文科省の担当者の言葉をもとに書いたのだろうか。
(追記 東京本社版の最後が文科省担当者のコメントだから、やはり「大本営発表」そのままの記事のようだ・・・こうした情報操作で国民は浮き足立つ。)

私は拙著『英語教育のポリティクス』やこのブログで、過去に何度もこの高校学習指導要領を批判してきた。
たとえば、「新学習指導要領にどう対処するか」シリーズなど。
明治以降の英語教育史を専攻する者として、まさに史上最悪の指導要領だと断言できるからだ。
そのことを各地の講演やシンポジウムでも発言してきた。

この記事のような誤報、誤解がやがて既成事実化してしまうことを恐れるからである。

指導要領の「授業は英語で行うことを基本とする」などという方針が、数人の黒幕によって作られ、中教審の外国語専門部会の議論を経ていない無責任なものであることも繰り返し述べてきた。
この方針に学問的な裏付けはまったくないのである。

逆に、英語が苦手な生徒をますます追い詰め、病休や早期退職が増え続ける教員らをさらに追い詰めるだろう。

もちろん、授業改善は必要である。
ただし、そうした改善は嘘とデマによってではなく、科学的なデータと実践的検証によってなされるべきであろう。

現場を知らない一部の黒幕たちが、不勉強なマスコミを使って意図的に情報をねじ曲げ、「授業はすべて英語で」などという危険な方針を押し通そうとしているのだろうか。

反論と反撃を準備しよう。
学校現場をこれ以上疲弊させないために。

追記  毎日新聞社への意見提出は以下から可能です。
https://form.mainichi.co.jp/toiawase/index.html


<追記 2011.1.27>

毎日新聞社は、1月26日付夕刊で、訂正記事を出しました。
Web版では以下のような訂正が出ています。

<訂正> 12月4日夕刊「英語だけの会話授業OC 高校の実施率2割足らず」の記事で、2013年度からオーラルコミュニケーション(OC)の授業中の会話が英語だけに限定されると書いた部分は、授業は英語で行うことを基本とするの誤りでした。「英語限定授業」との表現は正しくなく、OCという名称も変更されます。
http://mainichi.jp/life/edu/news/20110126org00m100001000c.html