希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

日本英語教育史研究の歩みと展望(6)

日本英語教育史研究の歩みと展望(6)

4 課題と展望

 日本英語教育史学会は2003年の全国大会で、創立20周年記念シンポジウム「これからの日本英語教育史研究」(パネリストは竹中龍範・伊藤裕道・馬本勉・江利川春雄・音在謙介)を開催した(詳細は『日本英語教育史研究』第19号、2004)。こうした議論と近年の特徴的な研究動向を踏まえ、今後の課題と展望を5点に絞って述べてみたい。

(1)学校外英語教育を含む全体史の研究へ

 これまでの英語教育史研究の対象は、ほとんどが制度化された学校の枠内にとどまっていた。しかし、今後は学校以外での多様な英語学習の実態についても解明を進める必要がある。

 独学者の登竜門であった「文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験」(文検)に関しては、寺崎昌男と「文検」研究会による『「文検」の研究』学文社、1997)や『「文検」試験問題の研究』学文社、2003)が刊行され、英語科に関しては茂住實男が詳細な考察を行っている。

その茂住を代表とする画期的な研究成果が、「戦前中等学校英語科教員に期待された英語学力・英語知識に関する史的研究―「文検」英語科の試験問題をとおして」日本学術振興会研究成果報告書、2007)である。これは986ページに及ぶ詳細なもので、「文検英語科の制度と試験」(茂住)、「『文検』における英国(西洋)風物知識の問われ方について」(庭野吉弘)、「文検英語科試験の英単語」(宮川眞一)、「文検英語科と神田乃武」(岸上英幹)の4論文が掲載されている。とりわけ「文検英語科出題語リスト」をコーパス化し、文検受験者には2万語レベル以上の語彙力が求められていた事実を解明した宮川の功績は特筆に値する。同報告書には文検英語科の全史を包括する膨大な資料(試験問題、参考書と合格者一覧、出題語リストなど)や、図版を収録したCD-ROMまで添えられており、文検英語科研究の水準を飛躍的に高めた。

こうした成果の上に立ち、今後は文検合格者の教員履歴の解明や、さらに上級の高等学校高等科教員検定試験の研究が期待される。

 「講義録」などによる英語通信教育の歴史に関しては、江利川春雄が「英語通信教育の歴史(1)―史的概観と研究社英語通信講座を中心に」『日本英語教育史研究』第25号(2010)を発表した。明治中期に始まった通信教育が、乏しい中等教育機会を代替・補完することで英語教育の門戸を全国の広範な社会階層に開放し、機会均等化に貢献した実態が解明されている。
 さらに江利川は「欧文社通信添削の地方受験生への貢献」『東日本英学史研究』第9号(2010)で、1920ー30年代頃から、通信教育機関が中等学校生・浪人生への補習と受験指導の機能を強めるようになり、なかでも欧文社通信添削会の影響力が絶大であったことを明らかにしている。
 以上の知見は江利川の受験英語と日本人:入試問題と参考書からみる英語学習史』(研究社、2011)に収められている。

 こうした通信英語教育の全容解明は容易ではないが、戦前の英語学習人口の推計値を塗り替える可能性を秘めており、独学者向けのノウハウを盛り込んだ教材や教授法などの実態解明を前進させるためにも、今後の本格的な研究が望まれる。

 明治以降の英語参考書の歴史については、松村幹男「英語学習参考書の歴史」『教材と教育機器』(1978、研究社出版)が先駆的である。

また、速川和男は一連の研究成果を「英語学習参考書の研究―方法論と英文法参考書の系譜」『日本英語教育史研究』第1号(1986)、「英語学習3考書の研究―英作文参考書の系譜」同誌第2号(1987)、「英語学習参考書の研究―英単語参考書の系譜」同誌第4号(1989)、「英語学習参考書の研究―英文解釈参考書の系譜(1)小野圭次郎」同誌第5号(1990)として発表してきたが、中断されたままになっている。ぜひ研究を継続させたい。

 英語入試問題の歴史的研究に関しては、中島直忠編『戦前・戦後高等教育機関の英語入試問題の分析』広島大学大学教育研究センター、1999)などがあるが、全容解明にはほど遠い。
  入試問題資料へのアクセスは参考書の研究よりも格段に容易であるから、出題問題のコーパス化やインターネットによる出典研究なども視野に入れ、本格的に取り組むべき課題である。

 入試や英語参考書は日本人の英語学習に絶大な影響を与えてきたから、英語教育の「本音の」歴史を明らかにする上で欠かせない課題である。異端視することなく、本格的な研究対象とすべき時期に来ているといえよう。

前述の『受験英語と日本人:入試問題と参考書からみる英語学習史』はその一歩である。

(つづく)