希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

日本英語教育史研究の歩みと展望(7)

日本英語教育史研究の歩みと展望(7)

4 課題と展望

(2)旧植民地・占領地の英語教育史

 「日本」英語教育史の「日本」をどう定義するか。その問い直しの中から、旧植民地・占領地における英語教育史を解明する必要性が自覚されるようになった。

その先駆的な研究としては、佐藤惠一の「満洲国(その背景と教育からみた英語像)」『日本英語教育史研究』第4号(1989)、「旧植民地の英語教育―満洲における英語教育とその周辺」同11号(1996)、「満洲における英語教育―満鉄の教育及び満洲国の国定教科書」同14号(1999)の3部作がある。これらによって、旧「満洲」(中国東北部)における英語教育の実態が大幅に解明された意義は大きい。ぜひ研究を継続し、一本にまとめてほしい。

 台湾については、相川真佐夫「台湾における中等教育の英語―日本統治末期と中華民国接収初期に関わる基礎研究」同誌第20号(2005)がある。現地での聞き取り調査も交えて実相に迫っており、第2弾が期待される。

 陸軍将校だった大庭定男の「ジャワ敗戦抑留下、将兵への初等英語教育」同誌第22号(2007)は、抑留キャンプ内で手製の教材(奇跡的に残存)にもとづいて日本人将兵に英語指導を行った実体験の希有な報告である。

 江利川春雄「日本軍中国占領地の英語教科書」同誌第24号(2009)〔『英語教育のポリティクス』三友社、2009に再録〕は、華北および華中地方における日本軍傀儡政権下で刊行された英語教科書5種13巻の成立事情を明らかにし、教材内容のイデオロギーを読み解くことで、教科書と占領地教育政策との関係を考察している。

 以上の地域の研究を粘り強く続けると同時に、未解明である朝鮮半島や「南方」「南洋」における英語(外国語)教育の実体を解明することが課題である。当時を知る体験者が高齢を迎えている今、この分野の研究は特に急がなければならない。

(3)資料のデジタル化とデータベース化

 近年のコンピュータとデジタル技術の発達は、教育史研究の分野にも革命的な影響を与えつつある。

とりわけ国立国会図書館近代デジタルライブラリーは、明治・大正期に刊行された図書資料は2011年6月30日時点で収録数は約57万冊(うちインターネット提供数:約24万冊)を閲覧・保存・複写できるサービスで、国立公文書館アジア歴史資料センターとともに、資料へのアクセスを劇的に容易にした。

 資料の東京一極集中による研究条件の地域格差を是正する手段としても大いに期待される。
逆に言えば、もはや「資料がない」という逃げは通用しない。
宝物殿の扉が開いた今、活用し尽くさんばかりの旺盛な研究意欲が求められている。

 英語教育史に特化した資料データベースとしては以下の3つがある。2001年から開始された科研プロジェクトで、10年間を経て内容が格段に充実してきた。

まず、外国語教科書データベース作成委員会(代表・江利川春雄)の「明治以降外国語教科書データベース」(2001―02年度科研費研究成果)は、1887年―1947年に刊行された文部省著作および検定済外国語教科書のすべて(約2430種、5679冊)の書誌情報と一部資料の表紙、目次、奥付の画像を収録し、CD-ROMおよびインターネットで公開している。

 また、外国語教育史料デジタル画像データベース作成委員会(代表・江利川春雄)による「明治以降外国語教育史料デジタル画像データベース」(2006年度科研費研究成果)はさらに充実している。収録史料は、教材・教科書、教授法書・学習法書、雑誌論文・新聞記事など11項目で、レコード数は2173、画像数は37475にも及ぶ。しかも、近代デジタルライブラリーとは重複しない史料が大半なので、幕末・明治初期からの得難い外国語教育史料が高画質のフルカラーで全ページ閲覧でき、保存・印刷もできる。これらを存分に活用した研究が望まれる。

さらに、最新の幕末以降外国語教育文献コーパス画像データベース(2010-2011年度科学研究費研究成果)は、主要な英語教科書のテキストデータを自在に検索できるコーパス機能が付いた。また、戦前にSPレコードに吹き込まれた英会話などの英語教材がデジタル化されており、音声を再生することができる。

単に画像として閲覧できるだけでなく、記述内容のテキスト・コーパスを構築し、本文の内容検索を可能にすることで、たとえば単語や語法などが、どの文献によって、何年に日本に移入されたかなどが明らかになるであろう。

 そうしたコーパスの構築については、小篠敏明を中心とする広島のグループが、明治以降の主要な英語教科書を対象に行っている。それらを駆使することで英語教科書の計量的な分析が可能になり、教科書研究を新たな段階に進めた。

 一連の成果としては、小篠敏明・中村愛『明治・大正・昭和初期の英語教科書に関する研究』(溪水社、2001)、中村愛人・小篠敏明他「戦後英語教科書の量的分析」『日本教科教育学会誌』第25巻第2号(2002)、小篠敏明(研究代表)「明治・大正・昭和初期の英語教科書の計量的分析」(科学研究費補助金研究成果報告書、2003と2005の2冊)、小篠敏明・江利川春雄編著『英語教科書の歴史的研究』(辞游社、2004)などがある。

 小篠らは、コーパスの対象を韓国、中国、タイなどの英語教科書にも広げることで、歴史的な縦軸と国際的な横軸からなる立体的な相互比較を可能にし、成果を国際学会などで精力的に発表してきた。一連の研究は英文の論文集Weir & Ozasa (Eds.). Texts, Textbooks and Readability. (University of Strathclyde Publishing, 2007)などに盛り込まれている。

デジタル技術の活用とともに、日本英語教育史の研究成果を海外に発信し、比較英語教育史的な研究と交流を深めていくことが、今後ますます重要な課題となろう。

(つづく)