希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

3.13京大国際研究集会「大学における外国語教育の目的」の報告(1)

3月13日に京都大学で開催された国際研究集会2012「大学における外国語教育の目的:『ヨーロッパ言語共通参照枠』から考える」が盛会のうちに終了しました。

参加分野は、フランス語教育、ドイツ語教育、日本語教育、英語教育。
使用言語は、日本語、フランス語、英語。

実にエキサイティングな研究集会で、至福の1日でした。
特に、英語以外の外国語教育の人たち、とりわけパリ大学ケンブリッジ大学などの海外の第一人者たちと交流できたことが何よりの収穫でした。

日本の英語教育関係の学会では、教授法やスキルアップのためのハウツーに関する議論が多くを占めます。

しかし、今回は外国語を教える目的や意義といった根本的な理念や哲学が論じられました。
これはとても重要なことです。
外国語教育を根本から再考する契機となりました。

プログラムは、
http://d.hatena.ne.jp/jnn2480/20120202/1328155480
でご覧にいただけますが、当日のプログラムは変更されており、僕は最後(トリ)のプレゼンターでした。

それぞれの内容については、すでに予稿集の内容をこのブログで紹介していますし、当日の様子は静岡の亘理陽一先生がご自身のツイッターで紹介されていますので、ぜひご覧ください。

まずは、ジャン=クロード・ベアコ教授(パリ第3大学)の第1講演。
「『ヨーロッパ言語共通参照枠』から『複言語・異文化間教育のためのリソースと参照のプラットフォーム』:複言語・異文化間教育のツール」

ベアコ教授の講演は9:45開始の予定だったのですが、教授は30分以上も遅刻。おかげでスケジュールが大混乱。なのに、さすがはフランス人の大物(?)。遅刻のお詫びなど一切なく、立て板に水のようにしゃべりまくりました。(同時通訳者もたいへんだったろうな。)

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僕が特に面白いと感じたのは、以下の点。
(1)複言語主義・複文化主義の政治的意義を強調されていたこと。
(2)外国語学習はスキルが目的ではなく、人間形成が目的であること。
(3)「参照枠」の「レベル」はあくまで目安にすぎず、評価には慎重であるべきであり、どのレベルであっても認定される価値があること。

日本では、理念の部分を忘れて、すぐにスキルに目が行き、到達レベルだけが一人歩きします。
しかし、ベアコ教授の話はその対極のものでした。深い!

続くシンポジウムの1のテーマは、「『ヨーロッパ言語共通参照枠』から考える言語教育の目的」
パネリストは以下の4人です。

ミシェル・カンドリエ(メーヌ大学) 「『ヨーロッパ言語参照枠』から『多元的アプローチのための参照枠』へ:継承と凌駕」

山崎直樹関西大学、中国語) 「『外国語学習のめやす2012―高等学校の中国語・韓国語教育からの提言―』とは何か?」

ピエール・マルチネス(ソウル国立大学) 「実存能力と適応能力:言語学習の新たな地平」

藤原三枝子(甲南大学、ドイツ語) 「学習者はドイツ語を学ぶことの意味をどこに求めているのか?」

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いずれも劣らず、面白かったです。
山崎さんたちが作った『外国語学習のめやす2012―高等学校の中国語・韓国語教育からの提言―』は会場で配布されており、その充実した内容に驚きました。

なお、カンドリエ教授は懇親会で僕に英語で話しかけて下さり、僕のプレゼンを褒めて下さったあとで、日本における少数言語政策についての質問をされました。僕が英語で説明すると、「アンシンシマシタ」と日本語でニッコリ。すぐ英語に切り替えて、ご自分の論文を紹介して下さり、ぜひパリにおいでとのお誘い。ロック歌手のニール・ヤングに似た、気さくないい人でした。

会場で楽しかったのは、多くの友人・知人と会え、新たな友人ができたことです。
いままで、なぜか行き違いばかりだった森住衛先生桜美林大)ともついにお目にかかることができました。もちろん、瞬時に意気投合しました。

森住門下の拝田清さん(東京外語大)にも会えました。彼の顔を見ると、条件反射炊きにカラオケに行きたくなります。(^_^;)  
下の写真は左から拝田さん、森住先生、江利川(懇親会で)。

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一昨年来、NHKの教育番組や慶応大の「学習英文法シンポ」でご一緒した鳥飼玖美子先生(立教大)は隣の席に座られ、「異分野の人がいるのでシンポの内容が面白い」とか、「あれだけ遅刻しても詫びを入れないのはフランス的ですね」などと2人でツッコミながらで、長い研究集会なのに少しも退屈しませんでした。

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しかも、後ろの席には若き友人の榎本剛士さん(金沢大;鳥飼先生の弟子の一人)もいましたので、これまた愉快でした。
榎本さんは言語人類学の視点を英語教育に導入するなど、ユニークな俊才で、僕の『受験英語と日本人』の書評を『日本英語教育史研究』第27号(本年5月刊行)に書いて下さいました。

静岡からは、今度の協同学習の本でもご一緒する亘理陽一さんも駆けつけて下さいました。
教育方法学を専攻た英語教育界の若きホープです。
(下の写真は、左が榎本さん、右が亘理さん)

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鳥飼先生は日本の英語教育がひたすらスキル主義に走り、理念・哲学を忘れていることに対してきわめて批判的です。
その点で、僕もまったく同感ですので、お弁当を食べながらもずっと「英語教育界の病」について語り合っていました。
ランチの途中から主催者であり、僕をシンポに招いて下さった西山教行先生(京都大:フランス語教育)も話に入ってこられて、フランス語教育界でもまったく同じ傾向であるとのことでした。

さて、午後の講演2は、その鳥飼玖美子先生。タイトルは「日本の英語教育の目的は何か」

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内容は次回にお伝えしましょう。
素晴らしい講演でした!

(つづく)