希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

2010年度の英語教育界を振り返る(1)

未来の英語教育の良くするためには、これまで何が行われてきたのかを正確に把握する必要があります。

その意味で、大修館書店の雑誌『英語教育』10月増刊号に毎年載っている「英語教育日誌」は貴重です。

2009年度分までは、長らく伊村元道先生(元玉川大学教授・元日本英語教育史学会会長)が執筆してこられました。
文学部出身の伊村先生だけあって、「読ませる」年表(月表)でした。

その伊村先生を引き継ぎ、2010年度分からは私が「英語教育日誌」を引き継ぎました。

2011年度分は、もうじき発売される『英語教育』10月増刊号をご覧ください。

限られたスペースで、膨大な出来事の価値を判断し、削りに削って書くのは大変ですが、とてもやりがいのある仕事です。
日本の英語教育史が刻まれていく目撃者であり記録者になるわけですから。

さて、ここでは、2010年度に起こったことを振り返りたいと思います。
少し時間をおいた方が、歴史的な意義がより鮮明になるということがよくあるものです。

なお、本稿は『英語教育』に寄稿した拙稿に加筆しています。
私の執筆のスタンスは、なるべく事実資料を正確かつ豊富に掲載し、「記録性」を保持した上で、簡潔に論評する、というものです。

英語教育日誌 [2010年4月~2011年3月]  江利川春雄

● 2010年度のおもな出来事 ●

<2010年> 
4月16日 業務委託型ALTの「偽装請負」発覚
4月20日 語学学校大手のジオスが経営破綻
5月13日 楽天が英語の社内公用語化を発表
6月23日 ユニクロが英語社内公用語化を発表
7月11日 慶應大で「英文解釈法再考」シンポ
8月7日 全国英語教育学会開会(大阪)
8月27日 35人学級の教員定数改善案を発表
9月   『英語ノート』無償配布1年継続に
9月7日 日本の公的教育支出が先進国で最下位
10月26日 少人数学級を求める全国集会
11月5日 全英連全国大会開会(横浜)
11月7日 APEC開幕。日米同盟強化のため「若手英語教員米国派遣事業」開始
11月18日 「外国語能力の向上に関する検討会」(座長:吉田研作)→「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」を文科大臣に提出(2011年6月30日)
12月4日 毎日新聞「英語だけで授業」と誤報

<2011年>
1月21日 菅原克也『英語と日本語のあいだ』刊
2月1日 NHK教育テレビ「歴史は眠らない」で「英語・愛憎の二百年」を4回放映
2月15日 小学校担任の68%が「英語授業に自信ない」との調査結果
2月26日 大学入試問題のネット投稿発覚
3月25日 竹下和男『英語天才 斎藤秀三郎』刊
3月11日 東日本大震災で甚大な被害、原発炉心溶融放射能汚染広がる   
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4月 業務委託型ALTの「偽装請負」発覚

4月1日、公立高校の授業料が無償化された。
朝鮮学校が除外されるなど問題が残ったが、まずは幸先のよい新学期かと思われた。

ところが4月16日、千葉県柏市内の小中学校61校で働く外国語指導助手(ALT)の事業業務委託に関し、千葉労働局が「偽装請負」の疑いがあるとして是正指導を行っていたことが発覚した。

その後も大阪など各地で是正指導が相次ぎ、2012年度からの小学校外国語活動の必修化も迫るなか、ALTの雇用のあり方をめぐって混乱が続いた。

経費節減のためにALTを直接雇用せず、業務委託で確保している自治体は618ある(2010年4月現在)。
業務委託の場合、日本人教員はALTへの指示や会話は禁じられる。
労働者派遣法違反の偽装請負とみなされるからである。
直接雇用を増やすしか解決の方法はない。

4月20日、語学学校大手のジオスが経営破綻。
負債総額は約75億円で、2007年10月に経営破綻したNOVAに次ぐ大型倒産となった。

5月 楽天が英語を社内公用語化、論争に

5月13日、楽天三木谷浩史社長は英語を社内公用語にすると発表した。
2012年までに経営会議や一般業務の会議など、社内で使われる言葉を全て英語にし、「2年後に英語ができない執行役員はみんなクビ」だという。

楽天の2009年度の取扱高は99%が国内で、海外比率は1%にすぎない。
しかし、将来は海外比率を70%まで高める戦略で、英語で意思疎通できる必要があるという。

続いて、ユニクロを展開するファーストリテイリングも2012年3月から社内公用語を英語にすると発表した(6月23日)。
ユニクロは海外展開を加速させており、英語の共通語化が不可欠と判断した。
当面は社員にTOEIC 700点以上の取得を義務づけ、中国人など非英語圏の幹部や店長にも英語の研修を課すという。

こうした動きのもとで、英会話学校ベルリッツ・ジャパン(東京)では、夏季限定のビジネス英語講座の申し込みが前年比2.4倍に達したという。

街の書店にも森山進『英語社内公用語化の傾向と対策』や里中満子『「社内公用語の英語」の重要表現600』などの本が並んだ。

他方で、英語の専門家からは社内公用語化への批判が相次いだ。
英語支配に反対する津田幸男氏(筑波大学)は、9月3日の朝日新聞で「支配されている側が支配されていると感じない《幸せな奴隷》になってはいけない」と主張し、楽天ユニクロの社長に抗議文を送った(後に『英語を社内公用語にしてはいけない3つの理由』に収録)。

成田一氏(大阪大学)は、「英語の社内公用語 思考及ばず、情報格差も」(朝日新聞9月18日)で、「日本人は英語の聴取・理解と発話の構成に手間を取られ、論点を分析し対案を提示する『思考』に作業記憶を回せなくなる」危険性を指摘した。
成田氏はさらに雑誌『英語教育』12月号や『新英語教育』2011年3月号などでも精力的に論陣を張った。

成田氏の所論に対しては、『英語教育』2011年2月号に浅田浩志氏による「グローバル企業では英語ができることも仕事ができることの条件」とする反論が掲載された。

11月には鳥飼玖美子氏(立教大学)の『「英語公用語」は何が問題か』が刊行された。
鳥飼氏は「大事なのは、英語ができるかどうかの前に、話す内容があるかどうかである」とし、経済界の意向を受けた文科省が「話せるような教育に転換してみたけれど話せるようにはならず、それどころか読み書きの力さえ劣化してきたという問題をどうするのか」と疑問を投げかけている。

2000年の「英語第二公用語」論の際にも論争が起こったが、今度は理念レベルにとどまらず、具体的に数社で動き出している。
この問題は日本人と英語との関わりの根幹に関するだけに、議論の深まりが期待される。

ところで、英語公用語化で脚光を浴びた楽天ユニクロだが、すぐに厳しい逆風にさらされた。
2012年3月に卒業を予定する学生・院生の就職希望企業の順位をみると、楽天が前回の57位から一挙に227位にダウン、ユニクロファーストリテイリングも63位から262位に急落した(AERA 2011年1月17日号)。
優秀な人材にそっぽを向かれて、何のための英語公用語化なのだろうか。

(つづく)