希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

小学校に教科としての英語は必要か?

本日の日本経済新聞や読売新聞によれば、 文部科学省は小学の外国語活動を3年生からに前倒しし、5年生からは正式教科にしたいという。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG23011_T21C13A0MM0000/
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20131023-OYT8T00571.htm

今年5月28日に打ち出された政府の教育再生実行会議の提言や、6月に閣議決定された第二期教育振興基本計画を踏襲したものだ。

この問題については、(株)自然総研から依頼されて、TOYRO BUSINESS 2013年10月号に「巻頭言」として寄稿したので、取り急ぎ再録したい(一部改訂)。

小学校に教科としての英語は必要か?

 和歌山大学教育学部教授 江利川 春雄

子どもはスポンジのように言葉を吸収する。
ならば、小学校から英語を学ばせれば、英語が使える「グローバル人材」へと育つに違いない。

そうした思い込みから、小学校での英語教育が強化されつつある。
2011年度からは5・6年生に週1時間の外国語活動が必修化された。
さらに、2013年6月に閣議決定された第二期教育振興基本計画では、小学校の英語を正式教科に格上げし、開始学年を早め、時間数を増やしたいという。

だが、英語教員養成に携わる立場からみると、問題点が山積している。
まず、優秀な英語教員をどう確保するのか。
小学校は全国に約2万1千校もある。中学校の2倍、高校の4倍で、数万人もの学校英語指導者が必要となる。
限られた人と予算で、これほど多くの人材を短期に養成できるか。
しかも入門期は音声中心だから、とりわけ高度な指導能力が要求される。

実は、この問題は明治期から議論されてきた。
1908年には雑誌『教育学術界』が、小学校で英語を習った子どもの発音・アクセントが不正確すぎて中学校での矯正が困難だという記事を載せている。

英語教育界の指導者だった岡倉由三郎も、「初歩の英語教授は最も大切であるから、然るべき教師でない者が、幼稚なる学生に対して、なまなかの教へ方を行うならば、後になって矯正をするにも甚しき困難を感ずる」と警告している(『英語教育』1911年)。
謙虚に耳を傾けたい。

そもそも、早くから英語学習を始めれば高い英語力が身につくのか。
実は、この肝心な点が実証されていない。

日本児童英語教育学会関西支部PTの調査(2008)では、小学校時代に英語を教科として長時間学んだ子どもと、あまり学ばなかった子どもの中学3年間の英語力の伸びを比べると、聴解、会話、読解、英語学習やコミュニケーションに対する態度の全領域で、小学校で英語を長時間学習した子どもの方が伸びなくなっている。
英語を「食べ飽きた」と感じるようだ。

たしかにヨーロッパなどでは小学校から外国語教育を行っている。
しかし、欧州の諸言語は文字や文法などの言語的距離が近いため、母語を手がかりに意味を類推しやすい。

他方、日本人にとって英語は言語構造が大きく異なる上に、日常生活で話す機会もない。
そのため、文法学習によって文の仕組みを理解し、読み書きの練習を重ねないと定着しにくい。

ところが、小学生に文法を理解させることは困難なため、授業は英会話が中心となるが、これでは、普段から英語で会話するくらいでないと学習効果が上がらない。
英語がペラペラだった帰国子女の小学生でも、日本に帰ると数ヶ月で英語が話せなくなる。
文法理解を伴わない英会話は、鉄筋を入れないブロック塀のように崩れやすいのである。

では、日本のような言語環境で、どうすれば英語力が高まるのか。
岡倉由三郎は次のように述べている。
「小学校では、専ら国語の知識を正確にし、その運用に熟せしむるよう力を注ぐのが妥当であって、それがやがて他日外国語を修得する根底となる」(同上書)。

急がば回れ
豊かな国語力こそが、外国語能力を支える基盤となる。
重視すべきは、まず国語力ではないか。