希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

海軍予備校の史料

NHK司馬遼太郎の「坂の上の雲」をドラマ化している。
原作を読んだとき、その歴史観(特に対朝鮮観)には大いに疑問を感じたが、テレビ・ドラマではどう描くのだろう。

主人公の一人は秋山真之だが、あの白い制服に短剣姿の海軍兵学校は戦前の男子には憧れの学校で、旧制高校と並ぶ難関だった。

では、海軍士官を養成した海軍兵学校や海軍機関学校には、どのような学校から入学していたのだろうか。

中村文雄氏の論文「軍諸学校入学資格獲得をめぐる私学と官学との抗争」(『軍事史学』第23巻第3号、pp.p57~68、1988年)によれば、1897(明治30)年9月の合格者の出身校は以下の通りである。

総数179名中、海軍予備校55名(31%)、攻玉社32名(18%)、府県立尋常中学校51名(28%)、その他36名(20%)、 家庭自学者5名(3%)。

海軍予備校がダントツで、同じく海軍への予備校だった攻玉社が2位。両方を足すと、実に合格者の半数がこの2つの予備校から入学している。
(ちなみに、この2つの学校は改編されて、現在は前者が海城中学校・高等学校、後者が攻玉社中学校・高等学校となっている。)

だが、この「予備校」という呼称には注意が必要だ。実態を見ると、むしろ中学校(当時は男子のみの5年制)に近い。

このほど「海軍予備校規則」(明治30年3月改正)を入手したので、内容を見てみよう。
同校は、1891(明治24)年に古賀喜三郎によって創設された。

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中学校と同じ12歳以上の入学で、修業年限は5年、その上に「高等科」まである。

カリキュラムを見ると、英語(「英文」)に最も力を注いでいたことがわかる。学年別の週当たりの時間数は、9-10-11-11-13で、高等科では週14時間も英語に割いていた。
グローバル化」時代と言われる現在の中学校は週3時間しか英語を教えていないが、海軍予備校はその3~4倍も教えていたことになる。

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日本海軍はイギリス海軍を手本として成立し、さらに海軍士官には外交官的な役割も求められていたから、高い英語力が求められていたのである。
(江利川春雄『近代日本の英語科教育史』第7章参照 →Amazon

秋山真之アメリカに留学し、帰国後に『海軍英文尺牘文例』(1903)という英文書簡の書き方に関する本まで出すほどの英語力だった。この本は手許にあるので、改めて紹介しよう。

最後に教科書の配当を見てみよう。

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おおむね当時の代表的な教科書が並んでいるが、英語の時間数が多いためか、程度はナンバースクールの名門中学校を上回るハイレベルである。
たとえば、4年生(現在の高1相当)で使用している『ユニオン第四読本』は語彙の水準が1万語を超えており、現在の英検1級レベルだ。この教科書が当時の入試英文のスタンダードだった。

英国の海軍提督だった『ネルソン伝』を教えているあたりも海軍系の学校らしい。

以上、ちょっと変わった「予備校」のお話しでした。
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