このブログへのコメントでも、鈴木長十・伊藤和夫の『基本英文700選』に対するさまざまな評価が交わされている。
また、『基本英文700選』のルーツについてもご質問をいただいた。
そこで、今回は次のレアな本を紹介しよう。
新楽金橘著『英文和訳五百題』金蘭社、1894(明治27)年1月30日発行、同年6月25日再版。
1894(明治27)年といえば、日清戦争が勃発した年。
いわゆる受験英語参考書が登場して間もないころの本だ。
その名の通り、模範的な英文が500題集められ、簡単な註解と和訳が添えられている。
ただし、当時は日本文を横書きで表記する方式が定着していなかったため、本の左側から横書きの英文が、右側から縦書きの日本語訳が付けられている。
そのため、発行年月日などを記した「奥付」が本の中央にある。
本文の前には「訳法三十則」が付けられ、英文和訳の極意が述べられている。
参考書史的に注目される。
本文の第1文は Ah me! 第2文は Ah my!
訳文は第1文が「嗚呼」 第2文も「嗚呼」
ああ・・・
以下、当時の英和対訳の実態をご覧いただきたい。
単純な英文から複雑な英文へと配列している。
今では、ときとして日本文の方が難しかったりする。
と、こんな調子。
著者の新楽金橘(にいら きんきつ)は海軍予備校の教員。
その縁から、「序」は海軍大佐の肝付兼行が書いている。
日本海軍は英国海軍をモデルに創設されたから、英語を重視していた。
海軍兵学校に入るための予備校だった海軍予備校も英語を重視し、上級学年では実に週14時間も英語を課していた。→過去ログ
その教官による英語参考書だけに、権威があったことだろう。
と思いきや、厳しい批判が雑誌に載った。
『英語世界』(英語世界社の発行で、有名な博文館の同名の雑誌ではない)の第1巻第6号(1897:明治30年12月23日発行)に、周防岩国の「聴松子」より、激烈な誤訳の指摘が投稿されたのである。
氏によれば、「幾多の不穏当なる訳語、曖昧誤謬なる訳文を発見し」から始まって、「黒線を以て抹殺すべきもの殆んどその半に居る」「悪著」であるとしている(原文はカタカナ表記)。
なんともすさまじい。
『基本英文700選』のご先祖様は、海軍関係者が書いた割には多難な船出だったのである。