希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(22)山崎貞『新々英文解釈研究』の進化(1)

山崎貞は1930(昭和5)年9月に亡くなる。1883年生まれだから、まだ40代の若さだ。
しかし、『新々英文解釈』はその後も進化を続ける。

○ 高見頴治改訂(増補改訂版=4訂版)『新々英文解釈研究』研究社、1940(昭和15)年1月発行。464頁。

○ 高見頴治再改訂(増補改訂版=5訂版)『新々英文解釈研究』研究社、1951(昭和26)年4月発行。  458頁、280円。

いずれもマイナー・チェンジで、前者は1949(昭和24)年6月10日で第165版(刷)、後者は1958(昭和33)年3月20日で第105版(刷)に達した。

しかし、戦後世代にはなんと言っても佐山栄太郎(東大教授)による改訂版が有名だろう。

佐山栄太郎による『新々英文解釈研究』のリニューアル

佐山栄太郎改訂版(改訂新版=6訂版)『新々英文解釈研究』研究社、1958(昭和33)年11月1日発行。 518頁、380円。 

イメージ 1

英語タイトルをAIDS TO ENGLISH-JAPANESE TRANSLATION と改変した。
項目は112、例題は1,031。
「発音略説」は付いていない。IPAによる発音法が常識化したためだろう。ただし、依然として脚註の単語には発音記号が付けられている。

佐山栄太郎による「改訂にあたって」には以下の記述がある(抜粋)。

◆「項目別解説の部分は、これはこれとして完璧に近いものであると考えられるから、ほとんど筆を入れていない。」

◆「問題のさし替えと追加、これに最も多くの努力が払われている。(中略)入れ替え、追加の数は全部で二百題前後、つまり総数の二割程度であろうと思う。その資料は、現代作家の文、特にまた、近ごろの大学入試問題から採った。」

◆「解説、解答の全般にわたって、和文の表現を現在の利用者の便宜に合うように徹底的に改訂した。」

このように、佐山は例題の入れ替えを行い、日本語の表現を現代風にしたものの、解説部分については「完璧に近いもの」だとして、ほとんど訂正していない。改訂は控えめである。

イメージ 2

イメージ 3

この6訂版は、1965(昭和40)年5月1日で改訂第34版(刷)発行だから、1年平均約5刷の売れ行きで、依然としてドル箱参考書だった。

佐山は次の7訂版で大幅な改訂に踏み切る。

佐山栄太郎、ついに『新々』を大改訂

佐山栄太郎再改訂版(新訂新版=7訂版)『新々英文解釈研究』研究社、1965(昭和40)年12月25日発行。
485頁、450円。項目は112、例題は1,031。
研究社が2008年に復刊本を出したのが、この7訂版である(写真左)。
ただし、手許の1968年1月10日新訂6版は右のような表紙で、同時期の『新自修英文典』と同じ色だ。
(もちろん、中身は同じ。)

イメージ 4 イメージ 5

この7訂版は以下に述べるように、文法用語をそれまでの英語から日本語に変えるなど、分かりやすくするための改訂がほどこされている。
この変更は、一つの時代が終わったことを示している。
山崎は師匠である斎藤秀三郎(1866~1929)の英文法に忠実だった。むしろ、斎藤英文法は山崎によって広まったと言ってもいい。その斎藤は、英文による代表作Practical English Grammar(全4巻:1898~99)をはじめ、文法用語をみな英語で表記していた。
だから、山崎の『自修英文典』も、この『英文解釈研究』も当然のように文法用語を英語で記述していた。
しかし、英語教育の大衆化は、ついに文法用語の日本語化を余儀なくさせたのである。

イメージ 6

イメージ 7

佐山栄太郎「再改訂について」で、「この著書を利用される読者の数は年々ふえると言っても、けっして減るようには見えない。しかし読者はその質において変化して来たように思われる」として、日本語の表現などを格段に易しくした。

そこで、冒頭の例文の訳と解説の変遷を見てみよう。

《1912年の初版》

(a) A man of learning is not always a man of wisdom.
(b) Such meanness does not become a man of his means.

【訳】(a) 学者必ずしも智者ならず。
   (b) そんなけちな事をするとは彼のやうな金持にも似合はぬ。

【解】Of + Abstract Noun = Adjective.
の如くparaphraseしてよい事が多い。其場合のofは所謂attributiveのofで、
A man of…… = ……を有せる人。
(以下略)


《1916年版》 *1925年版~1958版までほぼ同じ。

(a) A man of learning is not always a man of wisdom.
(b) Such meanness does not become a man of his means.

【訳】(a) 学者必ずしも智者ならず。
   (b) そんなけちな事をするとはあの金持にも似合はぬ。

【解】Of + Abstract Noun = Adjective.
の如くparaphraseしてよい事が多い。其場合のofは所謂attributiveの“of”で、或る性質の所有を示す。即ち
  A man of learning = a learned man.
   = 学問を有する人 = 学者。
(以下略)


《1965年版》 文法用語が英語から日本語になる。
 *1971年版、1979年版もほとんど同じ。

(a) A man of learning is not always a man of wisdom.
(b) Such meanness does not become a man of his means.

【訳】(a) 学者が必ずしも賢い人とはかぎらない。
   (b) そんなけちな事をするとはあの金持にも似合はない。

【解】「of + 抽象名詞 = 形容詞」のように言いなおしてよいことが多い。その場合のofは通例ある性質の所有を示すいわゆる属性のof (attributive“of”)である。すなわち
  a man of learning = a learned man (学問を有する人 = 学者)
(以下略)

1965年改訂版はこのように思い切って平易化した。
しかし、このバージョンは1970(昭和45)年1月20日までに10版(刷)が出ただけだから、1年平均2刷となる。発行部数が不明だとはいえ、前の時期の年平均5刷に比べると売れ行きが落ちているようだ。

こうして、1960年代末の激烈な大学闘争も終焉し、打ち上げ花火のような大阪万博(1970)も終わったころ、山貞の『新々』は1971(昭和46)年の第8次改訂を迎えるのである。
(つづく)