希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(25)南日恒太郎『英文和訳法』(1914)

南日恒太郎の英文解釈書は、『難問分類 英文詳解』(1903)から『英文解釈法』(1905)へと進化し、大正期に入ると、ついに彼の最高傑作『英文和訳法』(1914)が誕生する。

南日「英文解釈」の最高傑作『英文和訳法』(1914)

○南日恒太郎『英文和訳法』有朋堂、1914(大正3)年10月23日発行。
本編407頁+解答編87頁=494頁。

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写真上は『英文和訳法』の1915(大正4)年2月23日発行の第5版(刷)。
写真下は1930(昭和5)年に刊行された『新訂英文和訳法』の1931年9月20日第7版(刷)。

この参考書についても、高梨健吉氏が『英語教育史資料・4(英語辞書・雑誌史ほか)』(425頁)で、次のように高い評価を与えている

「受験参考書の古典であり、最高傑作かと思われる。さきの『英文解釈法』は品詞によって分類したものだが、本書は文章の構成をあらゆる方面から分析検討し、組織的に英文解釈の道を説いたもの。」

受験参考書の「最高傑作」とまで言えるかどうかは分からないが、『難問分類 英文詳解』(1903)、『英文解釈法』(1905)と続く南日の英文解釈参考書の中では、文句なく最高傑作だと思う。

なお、筆者の手許にある『英文解釈法』は1925(大正14)年4月21日発行の第110版だから、『英文和訳法』が出た後も版を重ねていたことになる。

また、『英文解釈法』は戦後も『新訂 南日英文解釈法』として有朋堂より出ており、1953(昭和28)年に10版を数えている。
なんという息の長さ!

「緒言」を参考に特徴を見ると、以下の通り。

1. 「中学上級生及び諸官立学校入学志望者の自習用」であることを明言。

2. 材料は「幾十種の教科書及び幾千の入学試験問題中より選択」し、出典も明記した。ただし、あえて出題学校名は明記しなかった。「試験てふことを離れて実力涵養に志さしめん」ためだという。
大正期の「受験地獄」への危惧があったのだろう。

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3. 前著『英文解釈法』と同じ材料も多いが、構成を見ると単に品詞を基礎として分類したのではなく、品詞以外に4種類の分類を行っている。具体的には以下の通り。

 (1) Regular Construction.(普通構文)
 (2) Variety of Expression.(措辞変化)
 (3) Peculiar Construction.(特殊構文)
 (4) The Parts of Speech.(品詞用法)
 (5) Examination Papers.(試験問題)

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4. 語彙の貧弱さに対応するため、各文にGlossary(字解=簡単な英語によるパラフレーズ)を付けた。

5. 本文の右ページに訳註の部を付け、参照しやすくした。
ただし、すぐ訳註に頼らないために、右ページを覆える大きさの「しおり」を付けている。

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6. 巻末の訳文は国民英学会講師の清水起正による。
のちに清水は、『ユース=オブ=ライフ講義』(1915、南日恒太郎校閲)や『新英文解釈』(1918)などの参考書を著す。

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本書でもっとも進化した点は、これまでの分冊方式をやめて1冊本とし、注解を右ページにして使いやすくしたことと、構成を5分類にしたことである。

生徒・受験生の傾向に関して、南日は「徒らに熟語難句に腐心して大体の構造を等閑に附し根本の文意を誤解する者頗る多く、本末転倒之より甚しきはなし」(INTRODUCTION)と厳しく述べている。
当時の生徒・受験生の様子がわかると同時に、南日がこれまでの自分の参考書の編集方針を自己批判したともとれる。

なお、南日は「学生は較もすると区々たる断片的短文をのみ弄んで、此短文、此単位を綜合した長編を」読むことをしなくなった。これは「心外な現象で組織的解釈法を唱道した責任上」こうした「欠陥を補ひたいと思つて」、1916(大正5)年に北星堂から『英文藻塩草』(写真↓)と『英詩藻塩草』を刊行した。

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いずれも、対訳・脚註方式で、脚註には南日の『英文解釈法』と『英文和訳法』との参照番号が付いている。
両書とも、まとまった長さの散文や韻文を読ませようという南日の教育的配慮を感じる名品である。

南日の『英文和訳法』は、山崎貞『新(新々)英文解釈研究』などとともに、大正期を代表する英文解釈書となった。手許の本を見ると、1928(昭和3)年8月23日で第81版(刷)を数えている。

だが、この1928(昭和3)年に南日恒太郎は不慮の事故で亡くなってしまう。
その死後の1930(昭和5)年9月8日に有朋堂から刊行されたのが『新訂 英文和訳法』である。
本編421頁+解答編91頁=512頁と8頁ほど増え、判型もわずかに大きくなった(冒頭の写真参照)。

変更点は、入試問題を中心に例文を新しいものに差し替えたことくらいで、全体の構成には変化がない。
冒頭部分を見比べても、まったく変化がない。それだけ、『英文和訳法』の完成度が高かったと言えるかもしれないが。

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「新訂版について」(執筆者不詳)には次のように書かれている。

「『南日の英文和訳法』―これ程学生の間に普遍的な書名は恐らく他にないであらう。受験場裡必勝の鍵として教師からも先輩からも異口同音に推奨される本書の如きは全く他に其比を見ないであらう。発行以来十余年の歳月を経過せるも尚需要益々増加して殆んど底止する所を知らざるは実に出版界希有の現象と言わねばならぬ。」

多少割り引いて考えなければなるまいが、南日の巨大な影響力だけは確かである。
久米正雄の小説「受験生の手記」(『学生時代』1918 所収)には次の一文がある。

「南日の英文解釈法は、大抵の人が少くとも五回は読み返すと云うから、もうそろそろ読み始めなければなるまい。去年はあれを一回、それもやっと読んだだけだった。」(新潮文庫版、12頁)

しかし、南日の背後には、さらに強力な参考書群が迫っていた。
小野圭次郎率いる「小野圭シリーズ」である。→過去ログの写真参照