希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(31)小野圭次郎の英文解釈(5)

小野圭『英文の解釈』の変遷(3)「ユネスコ憲章」を掲載

○〔第8改訂〕『新制 英文の解釈研究法』小野圭出版、1959(昭和34)年7月15日第8訂版1020版発行。540頁

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小野圭次郎は、1952(昭和27)年に83歳で亡くなった。
だが、「小野圭シリーズ」はなおも生き続ける。

この1959年版の版元は、経営不振に陥った山海堂ではなく、「小野圭出版」(発行者・小野勝代)に変わっている。
社長の小野勝代は小野圭次郎の一人娘である。

その勝代による巻頭の「改訂増補版の刊行について」では、「この改訂版は東京大学助教高見頴治先生の御援助によってできた」とある。
高見頴治は、これ以前に山崎貞『新々英文解釈研究』(研究社)の4訂版(1941)と5訂版(1951)の改訂者でもあった。
山貞と小野圭の両方を改訂した人物として記憶されるべきであろう。

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また、小野勝代はここで「小野圭」主義とは何かを次のように述べている。
 (1)類例の無い独創的な編述法
 (2)組織的に理解し易い読解法
 (3)懇切丁寧な教授法(論述法)

いちいち、ごもっともである。

内容構成は前の第7改訂版(1951)とほとんど同じだが、巻末に5文型を解説した「英文の基礎的形式」(1頁)と、「時文の訳し方(増補)」(12頁)が付いた。

その「時文」とは、なんと「国際連合教育科学文化機関憲章」(1946)つまりユネスコ憲章である(ただし全体の約3分の1)。

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そのユネスコ憲章の英文をも、持ち前の「小野圭主義」で懇切丁寧に解説している。
さすがである。

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それにしても、力強い文章だ。
チャップリンの「独裁者」の演説を想い出す。
今の時代こそ、もう一度読み直す価値のある文章ではないだろうか。

「ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳、平等、相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。」(536頁)

敗戦から1950年代前半までの英語教科書は、平和と民主主義の大切さを教える教材が多かった。
この参考書も、こうした時代の息吹を反映しているようだ。


○〔第10改訂〕『新制 英文の解釈研究法』小野圭出版、1966(昭和41)年11月25日第10訂版1047版発行。546頁。

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内容構成は、前の第9改訂版(1959)とほとんどまったく同じで、「ユネスコ憲章」も付いている。

ただ、末尾に「日常重要英単語」(6頁)が付いたために、その6頁分だけ増量した。
その「日常重要単語」だが、読んで愕然とした。
head 頭  face 顔  hand 手  book 本
といったレベルの単語が多いのである。
今日で言う「実践的コミュニケーション」のための日常用語ということだろうか。

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変わりゆく時代に、必死についていこうとしたのかもしれない。
でも、僕はこの蛇足の6頁が痛々しい。

まるで小野圭の、いや明治以来の英文解釈法の晩鐘、いや弔鐘のように思えるからである。

このあと、1970年に第11改訂(新訂増補)1049版が出ている。
かくして、1921(大正10)年に始まる小野圭『英文の解釈』をたどる僕の旅は、1049版をもってひとまず終わった。

小野圭については、『英文法』も『英作文』も『英単語』も紹介したい衝動に駆られる。
小野圭を「英文解釈」だけに限定することなど、とてもできないからだ。
そうなれば、山崎貞の『自修英文典』も、それに佐々木高政の英作文も・・・

この旅は、いったいどこまで続くのだろう。