希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(3)岡田実麿『英作文着眼点』(1921)

2色刷の添削による英作文指導

○ 岡田実麿『英作文着眼点』開文社、1921(大正10)年1月1日発行。
英語タイトルはHELPS TO ENGLISH COMPOSITION: COMMON MISTAKES CORRECTED.
ページ数は、目次4+INDEX 26+総論4+本編311+練習問題解答編71=416頁

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岡田実麿広島県に生まれ、同志社を経て1897(明治30)年に慶応義塾を卒業し、渡米。米国オハイオ州オベリン大学を卒業して、1902(明治36)年に神戸高等商業学校(現神戸大学)教授、1907(明治40)年に夏目金之助漱石)の後任として第一高等学校(東大教養学部の前身)に赴任。
1924(大正13)年からは明治大学予科教授となる。同僚には山崎寿春がおり、岡田は山崎が設立した東京高等受験講習会(のちの駿台予備校)でも1939(昭和14)年まで教えた。同予備校では「看板教授」だったという。1943(昭和18)年没。
なお、自然主義文学の傑作とされる田山花袋の「蒲団」のヒロイン横山芳子のモデルとされるのが岡田美知代で、実麿はその実兄である。→「田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代と兄岡田実麿」参照

留学経験のある岡田は、日本の英語教育は「読解に偏することなく、書くことや会話(聴き、話すこと)も重視すべき」というのが持論だったという。こうした発信型重視の考えが、彼の英作文参考書にも体現されている。

岡田実麿の『英作文着眼点』は、英作文参考書史に残る傑作であろう。

まず、「英作文に於て学習者の至難とする所は、動詞と前置詞との用法である」として、目次からも明らかなように、両者を徹底的に攻略している。

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全3部構成の内訳を見てみよう。

第1部 動詞(5~184頁) 
第2部 前置詞(185~297頁) 
第3部 副詞(298~311頁) 

つまり、「動詞」(準動詞なども含む)が58%、「前置詞」が36%で、実に両者で94%を占めているのである。
なお、「副詞」はすべて「副詞の位置」に関するものである。これも日本人には難しい。

次の特長として、生徒から実際に集めた英訳文に対して2色刷による添削をほどこし、生徒が間違いやすい部分の実例を示しながら指導している。

そうした特長は巻頭の「総論」にも明記されている。
「英作文の作り方」も簡潔ながら、内容は的確である。

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26頁にも及ぶ索引(INDEX)も学習を大いに助ける。

日本英学のメッカだった慶應義塾に加えアメリカの大学を卒業した確かな英語力(日英比較力)と、予備校講師としての指導目線が一体化した作品だと言えよう。

それにしても、すでに大正時代から、こうした2色刷の参考書が発行されており、しかも英作文の「添削」という最も効果的な使い方をしていた点に驚かされる。

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なお、英作文例を添削するという発想の参考書は明治期からあり、1899(明治32)年には井上十吉が和文英訳添削実例』(成美堂書店)を刊行している。この本もいつか紹介したい。

「練習問題解答編」では重要ポイントを太字で示し、解説も詳細で親切である。

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以上のような特長により、この参考書は大ヒットした。
僕の手許の本は1930(昭和5)年3月5日発行のもので、実に「第105版」である。
小川芳男(元東京外大学長)も若き日にこの参考書を使用し、以下のように書き残している。

「受験参考書としては、南日恒太郎の『英文解釈法』や岡田実麿の『英作文の着眼点』を使い、力をつけた。後者は、一般学生が犯しやすい間違い(common mistakes)を赤字で訂正している本で、当時このような編集をしている本は珍しかった。私のように田舎の中学で学んでいた者には、一つ一つ思い当たるものばかりで、これでずいぶん力がついたものである。」(『私はこうして英語を学んだ』1979、p.27)。

この参考書は1933(昭和8)年に改訂され、『新英作文着眼点:誤用添削』として発行された。
さらに、戦後も1951(昭和26)年に山田宇三郎による改訂版が出されている。

この『新英作文着眼点』については、ある受験生が次のように評している。

「この本は和文英訳の参考書として白眉であらう。文法の事も詳細に解かれている。諸君に推奨すべきものなり。」(『受験と学生』1937年7月号、104頁)

という次第で、英作文参考書のまぎれもない「名著」だと言えそうだ。

岡田は、これ以外にも多数の英語参考書を残している。
岡田実麿とその作品群については、もっと研究されてよいのだが。