希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(10)沢崎九二三『新制学習 英作文の新研究』(1949)

「語り」が冴えわたる新制大学発足期の英作文

○ 沢崎九二三『新制学習 英作文の新研究』山海堂、1949(昭和24)年6月5日発行。
本文278頁+索引13頁=291頁。

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戦後の英作文参考書を紹介するにあたって、どれから始めようか迷った。
あまりにも数が多いからである。

けっきょく、前回まで紹介した小野圭の参考書シリーズを世に出したのが山海堂だから、この山海堂から出た「ポスト小野圭」的な(?)この英作文参考書がよかろうと考えた。

連合国占領下での学制改革によって、それまでの多くの専門学校が1949(昭和24)年度に新制大学に昇格した。
沢崎九二三(さわさき・くにぞう)が教授を務めていた横浜経済専門学校も、この1949年5月31日をもって横浜国立大学となった。
そのわずか6日後に、沢崎の『新制学習 英作文の新研究』は刊行された。
文字どおり新制大学の誕生とともに生まれた新時代の英作文参考書なのである。

なお、沢崎は1933(昭和8)年の文部省高等教員検定試験英語科に合格した実力派。
同年の合格者には大阪大学教授となった柴田徹士Jack and Betty の著者としても有名な竹沢啓一郎らがいた。

研究社の津田正氏によれば、沢崎九二三の長男は都立大学英文科や昭和女子大で教鞭を執った沢崎順之助、次男は都立大でフランス文学を講じ、ロラン=バルトなどを訳した沢崎浩平とのことである。

さて、本書は全15章から成り、文法シラバスによるオーソドックスな内容である。
最後には100題の練習問題が付く。

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小野圭の参考書が「至れり尽くせり」の懇切丁寧な作りだったことを知る僕らは、この沢崎の英作文書の地味な展開を見ると、同じ山海堂の本とは思えない。
「公式」も「コツ」も「入試に出る・出ない」もない。直球勝負なのだ。

第一章は「語順の問題」で、これもまあ、平凡な出だし。
最初の例文は「きのう鎌倉にゆきましたが、海岸はたいへんな人出でした。」
これまた地味~!

ところが、である。
沢崎はこの地味な1文の解説に、なんと6頁を費やしている。
記述は、一種の「実況中継」で、教室で老教授の含蓄ある説明を聴く思いがする。
語りは「精魂を込めて」と言ってもいい。実に味のあるナラティヴ(語り)なのである。

「英作文というのは英文で意味をあらわすのであるから、できあがった英文に目標がある。日本文は一つの手段であって、その日本文のもっている意味を、形式ではなくて内容を英語で表現することになる。かつて英語界の元老斎藤秀三郎先生がその英作文教科書に「次の日本文のこころを英語であらわしなさい」と書いておられたが、まことに至言である。」(2頁)

あとは、写真版をじっくりお読みいただきたい。

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いい味でしょう。

「海岸」という名詞に徹底的にこだわり、seaside, coast, shore, beachのニュアンスの違いを18もの例文を挙げて3頁にわたって説明している。

これなら、ことば一つひとつを大事に思う気持ちが育つだろう。
受験テクニックとは対極の「ことばの教育」の原風景が、そこには広がっている。

考え方を懇切丁寧に説明した後で、3種類の訳例を示している。

このころ大学受験を迎えた生徒たちは、中学校に入ったころ、戦争のためにほとんど英語の授業どころではなかったことだろう。そうした事情をふまえて、噛んで含めるような調子の記述もある。

最後の「練習問題」では、題材論的には、戦後民主主義の息吹を感じる部が目を引く。

「6. 戦時教科書の特質であった軍国主義超国家主義神道の教義をとりのぞいた真正の日本歴史をわれわれは学ばねばならぬ。」

「11. 新憲法の条項を生かすためには、学生や婦人がもっと政治に関心をもたねばならぬ。」

最後の2つは教育問題。

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100番の「英語で考えるという習慣をつけるように教えられなければならぬ」というのは、1947(昭和22)年に出た最初の学習指導要領の主張と同じだ。

2つとも、なかなか考えさせる問題提起。

99番は、大学「全入時代」のいま、大学とは何かを再考させる。
100番は、EFL環境の日本における学校教育で「英語で考える」ことが可能かという原理的な問題を再考させる。

さて、あなたなら、どうお考えだろうか。