希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

ありがたい英語教育史資料の紹介

日本教育史研究会から依頼されていた原稿「英語教育史研究の課題と展望」をやっと書き上げ、編集部に送った。

約20,000字(=20ページ)もあり、へろへろになった。
途中で、「これは僕の力量を超えてるぞ」と気づいたが、あとの祭り。
いい勉強になったと思うしかない。

おかげで、3月21日の英語教育史学会・広島研究会での発表準備が大幅に遅れてしまった。
それに、ブログの連載「英作文教科書の歴史」もご無沙汰したまま。

しかし、収穫もあった。
これまでの英語教育史研究の多くの文献を読み直し、学んだからである。

それに、素晴らしい英語教育史資料がどれほどたくさん出ていたことか。
関係者に深く敬意を表し、ちょっと紹介したい。

英語教育史基本資料集と復刻版

積年の英語教育史研究の発展を下支えしたのが、1980~90年代を中心に相次いで復刻・刊行された資料群である。

その筆頭に挙げるべきは、1980年に刊行された大村喜吉・高梨健吉・出来成訓編の『英語教育史資料』東京法令出版、全5巻)である。
第1巻「英語教育課程の変遷」、第2巻「英語教育理論・実践・論争史」、第3巻「英語教科書の変遷」、第4巻「英語辞書・雑誌史ほか」では簡潔な解説を付して、英語教育史の重要文献が大量に収められている。
第5巻は「英語教育事典・年表」で、英語教育史研究のレファレンスブックとして欠かせない。
僕は年に100回はこの資料集のお世話になっているのではないか・・・(^_^;)

ただし、第1巻と2巻の大半の資料が中学校と高等女学校に関するものに限られている。
日本英語教育史の全貌を解明するためには、高等小学校、実業学校、師範学校などのいわゆる「傍系」諸学校、および通信教育機関などにおける英語教育資料の刊行が望まれる。
(お前がやれってか・・・)

川澄哲夫編の『資料日本英学史』(大修館書店、全三巻、1978~98)は、完結までに20年を要した労作で、『英語教育論争史』(1978)、『英学ことはじめ』(1988)、『文明開化と英学』(1998)からなる。
川澄が独力で収集した江戸期から戦後までの主要な英学・英語教育資料を網羅したもので、川澄による資料解説の学術的価値も高い(ただし、受験参考書の評価など、全部の評価を首肯できるものではないが)。

教科教育史の研究には教科書の研究が欠かせないが、膨大な教科書を復刻した「日本教科書大系」全四四巻(講談社、1961~78)にも英語教科書は含まれていなかった。
そうした制約を克服するべく刊行されたのが、高梨健吉・出来成訓監修『英語教科書名著選集』全29巻(大空社、1992~93)で、実は僕の蔵書もここで復刻されている。
別巻の『英語教科書の歴史と解題』は当時の研究水準を示している。

ここでも「傍系」学校用の教科書が含まれていない点や、乱丁本を復刻した巻があるなどの不備は惜しまれるが、明治期から敗戦直後までの得難い英語教科書を大量に復刻した意義は大きく、その後の教科書史研究に大きく貢献した。

英語教育の時代相を解明する上で貴重なのが英語雑誌の研究である。この分野ではすでに1953年に藤井啓一が先駆的な業績「日本英語雑誌史」帝塚山学院短期大学研究年報』第一号(19825年に名著普及会が補遺を含めて復刻)があり、明治以降の英語雑誌に関する書誌情報を得ることができる。

しかし、個々の雑誌の目次内容まで知ることはできなかった。これをカバーする画期的な文献が出来成訓監修『英語関係雑誌目次総覧』全20巻(大空社、1992~94)で、これによって資料へのアクセスが格段に容易になった。

また、1980~90年代には明治以降の英語雑誌等の復刻も相次いだ。主なものを挙げてみよう。

・明治後半期の『日本英学新誌』全22巻(雄松堂出版、1983)

・日本最初の英語教育専門雑誌(1906~17)だった『英語教授』全10巻(名著普及会、1985)

・パーマー率いる英語教授研究所が1923~41年に刊行したThe Bulletin of the Institute for Research in English Teaching(名著普及会、1985)

・日本英語教育界の巨人・斎藤秀三郎の監修で大正期に発行された『正則英語学校講義録』全6巻(青空社、1991)

・英語教育の一大拠点だった東京文理科大学の英語教育研究会が1932~47年に刊行した『英語の研究と教授』全6巻(本の友社、1994)

・明治後期から大正期の代表的な英語学校だった国民英学会の刊行物を集めたマイクロフィルム『英学資料集成―国民英学会と中外英字新聞』全27リール(ナダ書房、1994)

・正則英語学校関係者が1908~17年に刊行した『英語の日本』全11巻(本の友社、1998)

・明治期から戦後までの復刻版『英語青年』全100巻(研究社、1978~79)。別冊の『英語青年総索引』(1999)は貴重な仕事だ。

いずれも、英語教育史研究の巨大な情報源となった。

この他の資料復刻としては、幕末・明治初期の英語辞書や教科書などを集めたマイクロフィルム「初期日本英学資料集成」全34リール(雄松堂フィルム出版、1976)がある。

紙媒体では、ゆまに書房「近代日本英学資料」全9巻(1995)で9冊の辞書を、「近代英学特殊辞書集成」全3巻(1998)で4冊を復刻している。

復刻版『カムカム英語』(名著普及会、1986)は、敗戦直後の平川唯一による『NHKラジオテキスト英語会話』(1946~51)の教材加え、番組の録音カセットテープが添えられている。
僕も持っているが、早めにCDに焼き直しておこう。

『パーマー選集』全10巻(本の友社、1995)も貴重な仕事で、1999年には英文解説を加えた「国際版」も出た。

昨年、英語教授法関係の資料として、出来成訓監修「復刻版 英語教授法基本文献」全4巻(冬至書房、2009)が出た。内容は、重野建造『英語教授法改良案』(1896)、佐藤顕理『英語研究法』(1902)、岸本能武太『中学教育に於ける英語科』(1902)、高橋五郎『最新英語教習法』(1903)で、続編が期待される。

最近は国立国会図書館近代デジタルライブラリーによって、資料へのアクセスが劇的に容易になった。
国立公文書館アジア歴史資料センターとともに、大いに活用したい。

近代デジタルライブラリーは、明治・大正期に刊行された図書資料(2010年3月時点で約15万6千冊)をインターネット経由で閲覧・保存・複写できる優れもの。
だから、今後は復刻版ビジネスや古書店はたいへんだろう。

言うまでもなく、資料は使われてこそ生命を吹き込まれる。

しかし、以上の資料を十分に使いこなした研究は決して多くはないのではないか。
良質の食材はあっても、調理人が少ないのであれば、あまりに惜しいことである。

自戒を込めて、「資料を活用し尽くそう!」と提案したい。