希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英作文参考書の歴史(13)岩田一男『実力完成 英作文の基本文型』(1951)

長大な「日本英語教育史研究の課題と展望」(2万字)を書き上げ、広島での学会発表も終わり、昨日は後期日程の入試の合否判定も済ませ、同僚の送別会にも出席して、やっとブログに戻ることができました。ふー。

すっかりご無沙汰でしたが、ようやく「ただいま!」です。
<m(_ _)m>

1001の基本文型で徹底トレーニン

岩田一男『実力完成 英作文の基本文型(1001題)』三省堂、1951(昭和26)年9月25日初版。2+36+278頁。

            写真は1952(昭和27)年1月15日発行の再版

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三省堂の受験全書」の1冊。
この「全書」の編修委員がすごい。荒牧鉄雄(青山学院大)、岩田一男(一橋大)、梶木隆一(東京外大)、川本茂雄(早大)、黒田巍(東京教育大)、福井保(新宿高校)などのオールスターがずらりと顔を並べている。

本書はその1冊として書かれた。
岩田一男(1910-1977)は横浜生まれ。東京外国語学校英文科を卒業し、小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)教授を経て、長らく一橋大学教授を務めた。
1961(昭和36)年に発表した『英語に強くなる本:教室では学べない秘法の公開』(光文社カッパ・ブックス)が大ベストセラーになり、一躍スター教授になるが、本来はロバート・ルイス・スティーヴンソン研究を専門とする英文学者。
著作は膨大な数に達するが、本書『実力完成 英作文の基本文型(1001題)』(1951)は、もっとも初期の著作の一つ。その意味で、岩田の数ある英語参考書の中でも異彩を放ち、岩田英語教育論の原点を見る思いがする。

この本の基本コンセプトは巻頭の「この本の書かれた理由」に明記されている。

「『学ぶ』ということばは『まねぶ』つまり『まねする』からきているという。じっさい、母国語でない英語、特に和文英訳に上達するためには、最もよく用いられる基本的な文の型をできるだけたくさん理解し、諳誦し、反射的にすぐ英語が出てくるくらいにまで覚えこんで、これを活用するのがよい。」

この文章を盛り込んだ岩田の「凡例」(「はしがき」だと思うけど)は、岩田らしい文体で彼の英作文学習論を展開しているので、味読に値する。

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学生時代の僕は今以上に生意気だったから、他人が書いたものを「まねする」とか「諳誦する」なんて大嫌いだった。(そのくせ、マルクスレーニンの教条は暗記していたが・・・)

でも、長らく英語教師をやっていると、上の岩田の言葉がすーっと胸に入ってくる。
敬愛する國弘正雄先生も言われていたが、入門期の英作文は「英借文」だと思う。

そうした基本文型のストックがない人の英作文を添削する苦痛ったらない。
卒論指導でも、ときには修論指導でさえ、中世魔女裁判の拷問台に乗せられた思いすらする。
(僕も英作文の教科書を書いたときネイティブに添削してもらったが、その人もきっと拷問台の気分だったんだろうな・・・反省!)

そんな思いで(ここが大事)、そんな思いで(しつこい)、岩田の『実力完成 英作文の基本文型』を読んでみよう。でないと、恐怖に駆られる・・・

「基本文型」の数が半端じゃない。
1001もあるのだ。
秀才ばかりが集まっていた頃の駿台予備校が出していた『基本英文700選』の700を上回る(ごめん、この本は今でも出ています)。

この時代の大学受験生はまだエリートに属していたから、こんな過酷な参考書で難行苦行に挑むこともできたのだろう、

その例文(日本語)がすべて目次に並べられているから、目次が36頁もある(やり過ぎだろう!)。

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全体の構成は以下の通り。

1. 時制に関するもの(1) 現在・過去・未来
2. 時制に関するもの(2) 完了・進行形
3. 態(Voice)に関するもの
4. 法(Mood)に関するもの
5. 不定詞に関するもの
6. 分詞に関するもの
7. 動名詞に関するもの
8. 名詞節に関するもの
9. 形容詞節に関するもの
10. 副詞節に関するもの
11. 話法に関するもの

中身を見ると、さすがによくできている。
模範的な例文が文法体系に沿って集められていて、〔註〕〔訳〕〔注意〕も簡潔にして無駄がない。さすがだ。

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上の例文の(2)が面白い。
「だれかが外からノックしているときなど、Who are you?と言わぬこともないが、姿が見えぬうちはitを用いる習慣が英語にある。」と書いている。

ここを読んで「ピン」と来た人は、なかなかの英語人(というか、年配の方・・・)。
そう。かのベストセラー『英語に強くなる本』(1961)の中で、トイレをノックするときに用いる表現として紹介されていた。岩田お得意の持ちネタだ。

こんな例文が1001題(なぜ1000題ではないのだろう?)も付いていて、その後に「応用問題」が付く。

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ところが、この応用問題は各パートともたった10問(2頁)でおしまい。
おいおい! 

岩田先生、ここで力尽きたのか。
編集者から「センセ、今日こそは原稿をもらって帰らないと!」と言われたのか。
それとも、この後のベストセラー執筆のために、ネタと力を蓄えていたのか。

最後はちょっとコケたが、索引も充実しており(下)、バンクーバー・オリンピックでの浅田真央選手くらいの得点は付けてもいいか。

最後に頑張れば、キム・ヨナだったのに。

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