希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

大津由紀雄さんの学校英語教育論と「学校英文法」

8月4日の朝日新聞における松本茂氏との「誌上争論」に続き、8月21日には北海道新聞夕刊に大津由紀雄さん(慶應義塾大学)の「日本の学校英語教育」が掲載されました。

「争論」の記事は朝日の編集委員がまとめたものですが、今回は大津さん自身の書き下ろしです。

大津さんによれば「主張は同一路線なのですが、重点の置き方や論の展開の仕方が微妙に異なっています」とのことです。

著作権は大津さんにあり、彼のブログにも記事がそのまま掲載されています。
学校での英語科教育の進め方を考える上でたいへん示唆に富んでいますので、私のブログでもぜひ紹介させていただきたいと思います。

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いつもながら、大津さんの主張には大いに共感します。すばらしい!

ただ1点。
日本で文法訳読式がうまく機能しなかった理由として、大津さんは「学習英文法が十分に整備されていなかったから」という理由を挙げておられますが、英語教育史を学んでいる私としては、この点は留保します。

日本における学習英文法の歴史については、学界でも現在急速に研究が進んでおり、あと数年でその成果の全体像が明らかになるでしょう。

学校文法史の研究では、私の友人で日本英語教育史学会副会長だった伊藤裕道さんが「文法事項の史的検討(その1)― Sense Subject及びthe way how」『日本英語教育史研究』第12号(1998)、「刊行100年斎藤秀三郎Practical English Grammar(1898-99)管見」同誌第15号(2000)、「『仮定法』の英文法教育史」同誌17号(2002)などの一連の優れた成果を発表してきました。

ただ、伊藤さんは2005年に52歳という若さで亡くなってしまい、研究は未完のままとなりました。学界の痛恨事でした。

しかしその後、東京大学大学院生の斎藤浩一さんという俊英が、この分野の研究を引き継ぎ、精力的に研究を進めています。もうじき画期的な博士論文が完成するでしょう。

ちなみに斎藤浩一さんは7.11慶應シンポでご一緒した斎藤兆史教授のお弟子さんで、東大大学院での私の集中講義「日本英語教育史研究」を受講された大切な教え子でもあります。(^_^;)

こうした研究の結果、現在の「学校文法」に不可欠な無生物主語、意味上の主語、分詞構文などは、日本人学習者特有のつまずきと向き合うなかで、日本で独自に形成されてきたことが実証されつつあります。

「学校英文法」は、NesfieldやOnionsら英米文法家の単なる翻訳ではなく、日本という特異なEFL環境に最適化された英文法体系という誇るべき発明品なのです。

それを体系化した代表の一人が斎藤秀三郎で、その主著Practical English Grammar (1898-99)では、のちに5文型へと集約される分析や、日本人が苦手とする話法、時制の一致、前置詞や、熟語、慣用語句の用法などを詳述し、その後の文法教育や英文解釈法に決定的な影響を与えました。

今年7月に大津さん、斎藤兆史さんとシンポジウム「英文解釈法再考:日本人にふさわしい英語学習法を考える」をやりましたが、今度は若手研究者等も交えて「学習英文法再考:日本人にふさわしい英語学習法を考える」をやる必要があるかもしれませんね。

日本における学習英文法の軽視が、現在の悲惨な英語力低下を招いている一因なのですから。