希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

旺文社大学受験ラジオ講座

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英語通信教育の歴史を語る上で、旺文社の大学受験ラジオ講座を忘れることはできない。

そのルーツは、東京外国語大学イタリア語学科を卒業したばかりの赤尾好夫が1931(昭和6)年9月に設立した「欧文社通信添削会」にはじまる。

この通信添削が大ヒットし、欧文社(1942年から旺文社)は受験界の権威者にして牽引車となる。

こうして、戦後の1952(昭和27)年に赤尾が大株主だった文化放送が開局されるや、「大学受験ラジオ講座」の放送を開始した。
郵便から電波への進化である。

何を隠そう、ぼくも1970年代にたいへんお世話になった講座だ。
このときラジオの向こうでマイクを握っておられた長谷川潔先生(当時、お茶の水女子大)や吉田一彦先生(当時、神戸大)には後年、学会等で直接お目にかかり、親しくお話しすることができた。感激。

長谷川先生とは高松の英学史学会全国大会で昼食をご一緒し、ぼくが撮ったイギリス旅行の写真を楽しそうに眺めておられた姿が印象に残っている。

吉田先生には拙著『日本人は英語をどう学んできたか:英語教育の社会文化史』(研究社、2008)の書評を新聞に書いていただいた。まさに二重にお世話になったわけだ。感謝。

そのラジオ講座も、時代の変化を受け、1995(平成7)年3月に終了した。
僕のように工業高専で受験指導もまったくなく、周囲に予備校もなかった者にとって、本当にうれしい存在だった。
ありがとう。

写真は1954(昭和29)年8月号のテキスト。
書き込みから、すさまじい勉強ぶりが伝わってくる。

この年の3月には米国がビキニ環礁で行った水爆実験によって第五福竜丸被爆し、これをきっかけに原水爆禁止運動が広がった。
同年11月には、この事件を受けて作成された水爆大怪獣映画「ゴジラ」が公開される。
明確に反核を謳った名作だ。いま見ても、この映画はすごい!