希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

協同学習で学力と人間関係力の向上を

7月29日に大阪堺市の中学校の先生たち(各教科)に「協同学習の原理と実践」と題した講演をしてきました(既報)。

その後、講演を聴かれた先生たちの感想が寄せられました。一部をご紹介します。

・今までは、机はコの字にしなくてはいけないというような形の上での、「べからず」のことが多くて、しんどかった。江利川先生のお話では、「できることから」「無理をしないで」ということが大事だとわかり、気持ちが楽になった。

・教師も生徒も「居心地のいい」ことが大切だとわかった。職員室の掃除当番を決めようと思った。

・もっと早く先生のお話を聞いていればよかった。できるところからやればいいと思えた。

学校現場で指導に困難を感じておられる先生たちの負担感を少しでも楽にできるなら、それに優る喜びはありません。

講演当日も感じたのですが、多くの先生方が協同学習を基礎から知りたいとお考えのようでしたので、簡単にご紹介します。

以下は大修館書店の『英語教育』2010年10月増刊号の「英語教育キーワード2010」のために執筆したものをもとにしています。

ただ、あくまで「基本原理」ですので、学校や生徒の実情に応じて柔軟にアレンジして下さい。

協同学習の基本原理

 協同学習とは、一人では到達困難な課題に向かって、小集団で協力しながら学び合い、学力と人間関係力をともに高める学習・指導法である。

 協同学習という用語はcooperative learningの訳語として定着しつつあるが、他にcollaborative learning(協働学習/協調学習)などの呼称もあり、多様な定義づけがなされている。

 集団学習の有効性は古くから知られていたが、今日の協同学習は、人種的偏見や学力格差を克服する方法として、1980年代頃からアメリカを中心に世界に広がった。日本では戦前から学習集団作りの研究と実践が蓄積されており、協同学習はそれらの進化形と見ることができる。

 従来のグループ学習との違いも含め、協同学習の基本原理と導入方法を5点にまとめてみよう。

 (1)建設的な支え合い
 高い目標に向かって、意思疎通を図りながら円滑な人間関係を築き、建設的に支え合う関係(positive interdependence;「互恵的相互依存」とも訳される)を形成する。
これによって、「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」の育成に不可欠な、安心してミスできる対話的な学びの環境を作り出すことができる。
子どもが本来的に持っている学び合い・教え合う力を引き出すことで、得意な子も苦手な子も全員が伸びる。

 (2)個人責任の明確化
 各自の責任分担を明確にし、「ただ乗り」をさせない。
そのためリーダーを決めないか、輪番制にして等しく責任を負う。
一人が欠けても成立しないジグソー式の読解などで、個人の責任意識を高める工夫が必要である。
また、多様な考え方を尊重するために、意見の統一を強制しない。

 (3)グループによる振り返り
 毎回の活動をグループ全員で振り返り、今後の課題、分担、解決法などを話し合うことで、問題意識を共有化する。
自分の課題を確認するだけでなく、仲間の活動意欲も高める。

 (4)学習集団の作り方
 一般には、学力の異なる男女の4人グループを教師主導で作り、適宜組み替える。
教師と学習者との距離を縮め、生徒同士の聴き合う関係を作るために、机はコの字型に配列し、活動内容によって小集団やペアに移行させる。
グループでの学びが成立しなくなったら、一斉授業に切り替える。

 (5)教師の役割
 学習者が主体的に学べるよう、教師は学習目標と課題、基本手順と評価基準を明確に示す。
学びに集中できるよう、教師は発話量を減らし、テンションを下げる。
学びの深まり具合によって臨機応変に対応するため、指導計画はシンプルにする。
グループ間を巡回し、問題解決に向けた助言、議論の方向修正、人間関係の調整に努める。

 以上のように、協同学習は、産業社会から「知識基盤社会」へと変化した時代にふさわしい学習・指導法である。

経済協力開発機構(OECD)は、次世代に求められる「主要能力」(key competencies)として、①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力、②多様な社会グループにおける人間関係の形成能力、③自律的に行動する能力を挙げている。

 新しい学力観に対応するためには、競争的で画一的な詰め込み方式を改め、多様な人間同士の協同的な学びを通じて、高度で総合的な能力を獲得できる自律学習者を育てなければならない。

 日本の学校教育は、偏差値による輪切り、入試制度、格差拡大などによって危機が広がっている。
協同と平等の原理にもとづく協同学習は、危機を克服する有効な一方法である。
協同学習を導入した多くの学校では、教室が心地よい居場所となって、学ぶ意欲が高まり、いじめ、問題行動、不登校が激減している。

 協同学習で学びの感動をよみがえらせたい。
 
関連用語

「学びの共同体」創り

 東京大学佐藤学氏らが提唱する協同学習を核にした学校改革運動。
 「公共性」「民主主義」「卓越性」(excellence)という3つの基礎理念にもとづく教育実践で、①校長のリーダーシップによる全校的な取り組み、②授業の事例研究を中核に据えた学校経営、③教師の同僚性の強化、④保護者・地域住民の授業参加などに特徴がある(佐藤学『学校の挑戦:学びの共同体を創る』ほか参照)。

 「公共性」とは他者に対して寛容で、多様性を尊重することである。
 「民主主義」とは一人ひとりを主人公として、ジョン・デューイの言う「多様な人々が協同する生き方」を学校内で実現するための理念である。
 「卓越性」については、後述の「背伸びとジャンプ」を参照。

 「学びの共同体」創りは、教室を教科学習だけの場から、多様な考え方・能力・個性を持った人々と共に生きるための「民主主義の学校」へと変える。
強制された「勉強」の苦痛ではなく、自らが主人公として「学ぶ」ことの楽しさを実感させることで、子どもたちは主体的に学び続ける自律学習者へと育ち、民主主義を担う主権者へと成長する。

 教師は子どもの学び合う力を最大限に引き出し、授業改革を共に担う同志とすることで、まずは一人からでも協同学習を取り入れることができるだろう。

 「学びの共同体」創りを進める学校は韓国、中国、シンガポールなどにも広がっている。
日本では、2009年に小学校で約2,000校、中学校で約1,000校(公立の約1割)、高校で約100校に達した。
背景には、子どもたちの学びからの逃走とコミュニケーション能力の弱体化、近年の競争・格差政策で荒廃した学校教育の再生を求める危機意識がある。

背伸びとジャンプ

 協同学習では一人の力では到達できないような高いレベルの課題を設定し、仲間同士で協力しながら、「背伸びとジャンプ」を重ねて目標に到達させる。
その理論的背景には、ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」(ZPD)の考え方がある。

 個人と集団がベストを尽くし、卓越性を追求することで、豊かな成果と、労苦に応じた「学びの快楽」を得ることができる。
たとえば、英単語を覚えられない生徒は、単調なドリルだけではなく、スキット作りや自己表現活動などの仲間との高度で創造的な活動を通じて必要な単語を習得し、達成感を得るのである。

 「背伸びとジャンプ」を伴う活動には、発問の工夫、教科書の内容を深める討論、自己表現活動などが必要である。
ときには、教科書レベルを超えた語彙・文法や、平和、民主主義、環境、異文化理解などの深く考えさせる題材を用いるのもよい。

 ただし、「背伸びとジャンプ」を伴わない活動もある。協同学習には、答え合わせなどの単純作業を集団で行い、授業効率を高める「個人学習の共同化」も含まれる。
授業の前半を基礎的な事項に関する協同的な学び、後半を背伸びとジャンプのある高度なタスクの遂行という流れを作ってもよい。

教師の同僚性

 授業改善や学校改革を成功させるためには、教師同士が専門能力を磨き合い、働く仲間として協力し合う「同僚性」(collegiality)を高める必要がある。

 そのために、すべての教師が授業を公開し合い、その後の事例研究会では教師の指導技術よりも生徒の学びの様子に議論の焦点を当てる。

 こうした共同作業を通じて、教員同士の相互理解と信頼関係が高まり、自由にものが言え、恥も失敗もさらけ出し、一人の成長を全員で喜び合える職場作りが可能となる。

教師の同僚性を高めることで、学校が居心地の良い空間になり、ストレスによる病休や早期退職も減少する。

 そうした職場環境を作るために、群馬県教委などが取り組んでいるように、教育行政や管理職は会議、報告書、公務分掌などの「雑用」を減らし、さらには学級定員の大幅削減と教員の増員によって、教師にゆとりを与える必要がある。

 また、教師の同僚性は対等平等の原理に立脚するため、主幹教諭や指導教諭の導入による上意下達的な職階制度を元に戻すことも必要であろう。

(*著作権は江利川春雄に属しますので、引用の際には出典を明記して下さい。)